あなたとは離れたい
私は、ルーカス様と面と向かって、婚約破棄について話し合いたいと思った。
もうこれ以上、今の状況に耐えられなかった。
そしてルーカス様に、『直接お話ししたいことがあります』と手紙を書いた。
私の予想とは裏腹に、すぐに返事が来て、週末に彼の家に行くことに決まった。
◇◇◇
──当日。
まだ婚約破棄が受理されていないため、彼の婚約者であることは変わっていない。正直、彼のアルギロス家に行くのは気が引けた。
「ふう……」
重いため息を吐きながら、馬車でルーカス様の家に向かった。
以前は、何度もルーカス様のお屋敷に遊びに行き、家族ぐるみで親しくしていた。しかし、今となっては、毒薬を飲んで自殺を図った私を、ルーカス様のご家族が快く思っているはずがない。でもこの婚約を終わらせるためには仕方がない。
──そう思っていた。
アルギロス伯爵家の屋敷に着くと、以前となんの変わりもなく、使用人たちが温かく迎えてくれた。
(あれ? なんでこんなに手厚く迎えられているのだろう……)
そして応接間に案内されると、ルーカス様のお母様がいた。
「お久しぶりです。本日はお邪魔して申し訳ございません。お招きいただき光栄でございます」
私が丁寧にあいさつをすると、ルーカス様のお母様は優しく微笑んだ。
「いらっしゃい。ライラちゃんならいつでも来ていいのよ」
「……」
思いがけない優しい言葉に、私は返す言葉を失った。
「この前は大変だったわね……。ルーカスから、毒薬の事故に巻き込まれたと聞いたけれど、体調はもう大丈夫なの?」
「え……? いや、それは──」
私がそう言いかけたとき、後ろから聞きなれた声がした。
「母上。ライラはまだ完全に回復したわけではないので、その話はお控えください」
振り返ると、ルーカス様がいた。
「そうよね。まだつい先日の話だものね。ごめんなさいね。何かできることがあったら言ってね。ライラちゃんは、私たちにとって可愛い娘のような存在なのだから」
ルーカス様を見ると、彼は何も言うなとでもいうような表情で、私を見つめていた。
「あ、はい……。ありがとうございます」
なんだか変だ。かなり違和感があるものの、とりあえずその場はそう返事をするしかなかった。
そして、ルーカス様に案内されたのはルーカス様自身の部屋だった。
久しぶりに入る彼の部屋は、数年ぶりのはずなのに、何も変わっていなかった。幼い頃、ここで一緒に過ごした日々が、ふと蘇る。
私たちはソファにテーブルを挟んで、向き合って腰かけた。
アルギロス家のメイドがすぐさまティーセットを用意してくれた。私がお礼を言うと、ルーカス様はメイドに下がるように言い、部屋には二人だけになった。
長い沈黙が降りた。
何から話そう。実際に彼を目の前にすると、やはり緊張してしまう。
私は心を落ち着かせるためにお茶に口をつけた。
そして沈黙を破ったのは彼の方だった。
「婚約破棄の話だが、手紙でも記した通り、俺が受理することはない」
彼は、はっきりとそう言った。
「その理由を聞いてもいいでしょうか?」
私は彼をまっすぐ見つめる。
「婚約破棄の必要がないからだ」
「それでは理由になっていません! お互いに気持ちのない婚約なら解消されて当然かと思うのですが、何を望んでいらっしゃるのですか?」
私がそう言うと、彼は眉を寄せた。
「それは……お前にもう気持ちがないということか?」
「……」
その言葉に胸が苦しくなる。
「そう……です。もうルーカス様とは離れたいのです」
私は溢れそうになる涙を必死に堪えながら、言葉を続けた。
「確かに、あなたのことは好きでした。昔からずっと……。けれど、最近のルーカス様の態度、私に向ける表情……。もう私には、耐えられないのです」
「……」
彼は何も言わなかった。
「こんなに苦しいのはもう嫌なのです。ルーカス様には、たくさんのご令嬢がいらっしゃるでしょう? 私を縛り付けてどうされたいのです?」
悔しくて、声が震えた。
「俺は、お前以外とは婚約しない」
「答えになっていません!」
私は声を荒げた。
「この婚約は破綻しています。アルギロス家にとっても、この婚約は良縁の話ではないはずです。なのにどうして……」
堪えきれなくなった涙が、頬を伝った。
「それに、ルーカス様のお母様に嘘までついて……。本当にルーカス様は何がしたいんですか?」
「俺は……お前と離れることを望んでいない」
「……?」
私が彼の方を見ると、彼は俯いた。
「そもそも、お前は婚約破棄をしたいと言うが、俺と別れたらコンラートのところへ行くつもりなのか?」
「──!? な、なにをおっしゃっているのですか!?」
「お前はあいつが好きなんだろう?」
その言葉に思わず目を見開いた。
「そんなわけないじゃないですか! 私とコンラートは友達です! 彼も私のことなんてそういう風に見ているはずがない」
「どうだか……」
私はその言葉に苛立ちが隠せなくなった。
「ルーカス様だって、いつも違う令嬢に囲まれて、私に見せつけてきているではありませんか。なぜ自分はそうだと思わないのですか?」
彼の言葉に、怒りで頭が真っ白になった。私の顔は、きっと真っ赤になっているに違いない。
「俺は……」
彼の青い瞳がわずかに揺れた。
「俺は、ライラのことが……」
そして、彼はまっすぐ私を見つめた。私は彼の瞳から目を離せなくなった。
「好きなんだ……」
彼の顔は今まで見たことがないくらい赤く染まっていた。




