届かない婚約破棄
自室からルーカスが出ていくと、私はメイドと二人きりになった。
「お嬢様、申し訳ございません。先ほどはルーカス様を止めることもできず……。お身体の具合はいかがですか?」
「ええ、大丈夫よ。何があったか聞かせてもらえる?」
メイドはほっとしたように胸を撫でおろした。
「はい」
そして、メイドの口から聞いた話は信じられないものだった……。
私が毒薬を飲んだ後、ルーカス様が倒れている私の傍に行き、回復魔法を使ったそうだ。
しかも、人目も憚らず、口づけをするようにして、直接魔力を流し込んだという。
ルーカス様は、この国で希少な回復魔法使いだ。彼の魔法がなければ、私は確実に命を落としていただろう。
(……なぜ彼は私を助けたのだろう?)
彼の考えがさっぱりわからない。
──だけど、私の心は決まっていた。もう彼への未練はない。彼との楽しかった記憶も、彼への恋心も。
あの時、毒薬と一緒に彼への思いも流したのだ。
思い通りにならなかった以上、彼との婚約を破棄するほかない。そのために、今の私にできることをしよう。
まずは両親を説得して、正式な文書での婚約破棄を申し出よう。そう考えた。
私はメイドにお礼を言い、自室を出て、両親のいる応接間に向かった。
応接間に着くと、父と母が私の顔を見るなり駆け寄ってきた。
「ライラ……大丈夫か?」
「あなたがこんなに追い詰められていたなんて……」
私は正直驚いた。勝手なことをして怒られると思っていたから。しかし、私への心配の色が勝っていた。きっと、両親も最近のルーカス様の態度には、思うところがあったのだろう。
「勝手なことをしてごめんなさい。でも私……。もう嫌なんです」
そう言って私は二人の顔を見つめた。力強い私の目に二人は少し目を見開いた。
「そうか。今まですまなかったね」
「あなたが決めたことなら、それでいいわ。婚約を破棄したいのでしょう?」
母が私をまっすぐ見つめた。
「はい」
私は迷わず答えた。
「こちらから婚約破棄を申し出るとなると、立場が不利になると思います。高額な賠償金が請求されるかもしれません。それでも……。私は耐えられないのです」
気づけば、私の頬を涙が伝っていた。
「楽しかった思い出はもちろんあります。彼を好きだったことも確かです。でももう、話してくれることも、見向きもされない。他の令嬢との仲を見せつけられて……。もう私は限界なのです」
涙が止まらなかった。母はそんな私を優しく抱きしめた。
「わかったわ。大丈夫よ。もしお咎めを受けたとしても隣国にも親戚はいるし、どうにかなるわ。あなたが生きたいように生きなさい」
母の言葉に、胸が痛んだ。
こんなにも私を大切にしてくれる家族がいるのに、私は周りが見えていなかった。
自分が楽になることばかり考えていた。そんな自分が、ひどく嫌になった。
「ありがとうお母様、お父様……。本当に勝手なことをしてごめんなさい」
「ええ、あなたが生きていてくれれば、それでいいわ」
そう言って母は優しく微笑んだ。
そして、メイフィールド家の正式な書類として、ルーカス様との婚約破棄に関する書類がアルギロス家に届けられた。
◇◇◇
──一週間後。
メイフィールド家に封書が届いた。その封書にはアルギロス家の紋章が入っていた。
きっと先日の婚約破棄の返事だろう。
これですべて終わる。彼への想いを絶った今、我が家への賠償金やお咎めのことだけが心配だった。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、意を決して封書を開けた。
そこには、『婚約破棄には応じられない』という内容が綴ってあった。
その文字を見た瞬間、私は絶望した。




