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「形見分け、いる?」
「金目の物なら」
弟が一人暮らししていた部屋を片付けに行ったら、友人だったという男とばったり会った。形見分けに時計をあげた。弟の友人にしてはとくに特徴もない、どこにでもいそうな普通の会社員だった。
「あなたのものが残ってるならついでに持って帰って」
「あの、僕は……」
「なに?」
「本当は、弟さんと、その」
どうやら告白を聞いてあげる義理が遺族にはあるらしい。
弟の直近の恋人かもしれないという予想は当たっていた。弟はいつも拍子抜けするような相手を選んだ。ありきたりでなんの変哲も無い、記憶の斜面を滑り落ちていくようなモブ。それほど弟は『普通』に焦がれていたのだ。
「ふうん、そうなの」
テキトーに相槌を打ちながら、私の意識は過去に飛んだ。
私を追うようにして都会に流れてきた樹。同居は二ヶ月だけで、すぐにホストになって出て行った。
次に会ったのは半年後で、ゲイの売り専をして手術代を貯めていると話していた。好きな人がいる。ノンケだから俺が女にならないと、と言っていた。手術のさいの保証人を頼むために会いに来たのだった。
ふうん、と答えた。もしかしたら止めてほしかったのかもしれないが、私は興味なかった。好きにすれば、と言ったかどうかさえ覚えていない。
ノンケの彼はまもなくして生まれながらの女性と結婚したらしく、弟はいつまで経っても手術はしなかったし、気まぐれに恋人を変えていた。なかには女もいたようだ。
『女はいいよな』
弟はたまに呪詛を吐いた。そのとき近くにいた女は私だった。
『私に言ってんの?』
『いや、姉貴は女に入らないだろ』
口喧嘩がしたい気分なのか、家族だから性別の感覚がないと言いたいのか、私が女っぽくないとディスってるのか、弟の意図はよくわからなかったが、私がなんの反応も返さなかったらちぎれたように会話は終わった。
弟は本当に女になりたがっていたのか、はなはだ疑問である。女になれば楽ができると勘違いしていただけではないだろうか。
あるいは自分が成せないことを属性のせいにしていたのか。なんにしろ、まともな会話が成り立ったことがない姉弟なんて世の中珍しくないだろう。
「ねえ」男の回想が途切れたタイミングで訊ねてみた。「樹の誕生日にワンピースをプレゼントしたのはあなた?」
「え、ワンピース……?」
ブランド物の高いワンピース。樹にのめり込んでいたのは別人らしい。




