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 彼氏からもらった誕生日プレゼントはワンピースだったそうだ。

 紅茶を一滴垂らしてシミになったという理由でそれをゴミ箱に投げ捨てた弟は、ある日、焼き鳥の串で目を刺されて死んだ。

 居酒屋で隣り合わせた見ず知らずの人と、ささいなことでもめたあげくだという。享年三十歳。

 葬儀会社のカタログを見もせずに「一番安いプランで」と父が言い、「せっかくだから喪服は新調しようかしら」と母は声を弾ませた。

 火葬場で私が感じていたのは空腹だった。

 式次第を滞りなくすませたとき、家族全員、心の中でほっとしていたのは間違いない。(いつき)はもういない。ようやくあるべき平穏を取り戻したのだ。

 実家で母の淹れた渋い茶を飲んでいた昼過ぎ、聞きなれない電子音が鳴った。

「あらあ、電話だわ。(はな)、出てくれる?」

 母の間延びした声で電話機が変わったのだと知った。

「はいはい」

 ぴかぴかした受話器を掴む。越権行為のようで少し気が咎める。

丸岡(まるおか)さんのお宅ですか。あの……、宇田(うだ)です」

「ああ、宇田さん。先日はどうも」

 過分なお香典をいただきまして。きっと樹も天国で喜んでいるでしょう。などと言ったら相手は皮肉だと思うだろう。

「お線香をあげにうかがいたくて。もちろんご家族のみなさまがお許しくだされば、ですが」宇田の声はだんだんと萎んでいった。

「息子さんのご様子はいかがですか」

「弁護士の話では魂が抜けたようにおとなしくなっているようです。本当に……」宇田は過呼吸めいた声を出す。「と、取り返しのつかない、ことをしでかして……」

 私は宇田の呼吸音に耳をすませた。

 相手に合わせてあげた方が親切だろうか。たとえば、罵ったり、喚いたり、とか。

 だが私は悲劇の遺族を装うのが面倒くさい。

 弟はもう死んだし、骨になったし、四十九日を済ませたらあとは納骨するだけなので、そのあとは目の前からあとかたもなく消える。まるで最初からいなかったかのように。

「弟を殺したのは弟自身だと思ってます。そちらもご災難だったと思います」

 そう言うと、宇田は声をつまらせて泣いた。

 おそらく勘違いしているのだろう。

 居酒屋で隣り合わせたのが弟だったなんて、宇田の息子は運が悪かったのだ。

 弟のような人間にかかわって一生を棒に振るなど、人生の無駄遣いだ。遺族として、こちらが頭を下げなければいけない、と華は思っている。

 だが宇田にそう伝えたところで困惑させるだけだろう。

 両親は宇田からの電話に出たがらない。居間で渋茶を飲んでお笑い番組を見て笑っている。

 土下座しに来たいそうよ、と宇田の要望を伝えられる雰囲気ではない。

「四十九日法要のあとに、またあらためまして……」

「そうですね。そのころなら落ち着いていると思います」

 両親が加害者家族とコンタクトを取りたがらないのは多少なり、良心の呵責によるものだろうと思う。被害者遺族を気取るのがうしろめたいのだ。

『樹のことは華に任せておけばいい』

 耳に張りついた台詞。ほかにも、弟の世話はしっかりとみなさい。お前が東京に働きに出たときいて俺も行くと言って出て行ったのだから、あの子が曲がったのはお前の責任でもあるんだからね、といった具合。

 共働きの両親は放任主義と相思相愛だ。成人したら、自分で考えて自分で行動して自分で責任を取る。当たり前のことだ。でも弟の責任の一端は姉にあると思われている。

「おい、華。会社潰れたんだってな。しばらくゆっくりしたらどうだ。住むとこないなら実家(ここ)にいていいぞ」

「いっそのこと帰ってきなさいよ。私達も歳だし。あんたがこっちで結婚してくれたら助かるんだけど」

 いつもこの調子だ。樹を失って急に心細くなったわけでもなければ私の将来を慮っているわけでもない。

「東京に戻って樹の後片付けしなきゃ。こっちでのんびりなんてしていられない。それと私の会社が潰れたんじゃない。私に仕事を回してくれていた会社が潰れたの」

「……なにが違うんだ。仕事ないんだろう?」

 憐憫の眼差しに背を向けた。説明をする気にはならないし、パソコンさえあればどこででもできるイラストの仕事だと知られたら、ますます厄介だ。うっとうしいくらいは我慢できる。焼き鳥の串で刺し殺されるよりはマシだ。

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