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第6話:石の冠と蛇の指先 〜元メデューサのカリスマ美容師、崩れない美学を極める〜

かつて、その圧倒的な美貌と恐ろしい呪いによって見た者すべてを物言わぬ石像に変えてきた伝説のゴルゴン三姉妹の末妹「メデューサ」現代に転生した彼女は、その「固める能力」と「生き物のように動く指先」を武器に、表参道の超人気ヘアサロンで予約の取れないカリスマとして君臨していた。


登場人物


蛇喰じゃばみ真砂美(29):元・メデューサでトップスタイリスト。常にハイブランドの厚手のティアドロップサングラスを着用。理由は「目が合うと客がリラックスしすぎて、全身の筋肉が完全弛緩(一時的な全身硬化)してしまう」からだとか…


店長(40):人間の経営第一主義。彼女の指先の動きを「神がかった指捌き」と絶賛しているが、たまに彼女の指から「シャー、シャー」と威嚇音が聞こえる空耳に悩んでいる。


ミカ(22):フォロワー100万人を誇る超人気インフルエンサー。今日の顧客で「絶対に崩れない、最強のセット」を求めて来店。


ユウタ(20):真砂美専属のアシスタント。真砂美の「無言の圧(威圧)」を浴びすぎて、肩こりが限界突破している。


【本編】


「ユウタ!ハサミを置く角度が3ミリずれているわ 私の指先の蛇たちが不快そうに身をよじっているのが あなたには見えないの?」


表参道の超有名ヘアサロン『Atelier GORGONアトリエ・ゴルゴン』朝の開店前…鏡の前で真砂美は冷徹な声を響かせていた。顔の半分を覆う大きな黒いサングラスの奥から放たれる視線だけでアシスタントのユウタは蛇に睨まれた蛙のように直立不動になった。


「す…すみません!真砂美さん!」


「謝る暇があるなら、コームの殺菌消毒を徹底しなさい! 私の施術には、僅かなチリの混入も許さないのよ!」


真砂美の一日は、完璧なコントロールから始まる。彼女がカリスマと呼ばれる理由は、その神がかったカット技術もさることながら、どんな髪質でも、どんな無茶なオーダーでも寸分の狂いなく「固定」する圧倒的なセット力にあった。もっとも、その技術の裏側にあるのは、かつて触れるものすべてを石の彫刻に変えてきた彼女の本能そのものでもある。


「蛇喰さん、おはよう! 今日も予約、分刻みでパンパンだからね!」


店長が売上伝票を片手に嬉しそうにやってくる。「特に、13時からのインフルエンサーで有名なミカちゃん 彼女、今度の屋外フェスで『バズる髪型』を求めてるらしいから SNSでうちのサロンをタグ付けしてもらう大チャンスなのよ! 真砂美ちゃん、頼んだわよ!」


「勿論よ、店長! 私に作れない『スタイル』など、この世に存在しないわ!」


真砂美はサングラスのツルをクイと上げ、不敵な笑みを浮かべた。


午後、サロンの扉が開き、華やかなオーラを纏ったミカがやってきた。


「真砂美さん! お願いがあります!」


シートに座るなり、ミカはスマホの動画画面を突き出してきた。


「今度のゲリラ屋外ライブのダンス撮影なんですけど 風速15メートルでも、激しくヘッドバンギングしても なんなら突然スコールが来ても… 一ミリも、一筋の毛先すら崩れない『最強のポニーテール』に してください! でも、見た目はサラツヤで!」


風速15メートル?ヘッドバンギング?スコール?普通の美容師なら「物理的に不可能です」と苦笑いしてハードスプレーを気休めに吹きかけるのが限界の要求だ。だが、真砂美のサングラスの奥の瞳が、青く怪しい光を放った。


「フフフフ…崩れない…ネ 私にとって、それは呼吸をするよりも容易いことだわ だって、私は『永遠の美』の守護者だったのだから!」


「え? なんか言いました?」


「いいえ!…施術カットを始めるからお静かに!」


真砂美が指を一本、ミカの髪に差し入れた瞬間…ミカは小さく『ヒャンッ!』と声を上げた。


「な、何ですか今の…? なんか、指先が生き物みたいに頭皮に吸い付くような…」


「私のハンドマッサージよ!頭皮の『気の流れ』を整えているの」


実態はそうでは無かった。真砂美が集中力を高めると、彼女の十本の指先は、細く小さくしなやかな「蛇」の如き感覚器官と化す。彼女にとって、顧客の頭皮に生い茂る一万本以上の毛髪は一万匹の【小さな蛇の群れ】に見えていた。


「さぁ~お黙りなさい、愛しい子たち… あなた達は今から、一枚の頑強な岩のレリーフになるのよ…」


真砂美がコームを走らせ、ハサミを"シャキ、シャキ"と静かに滑らせるそのたびに、ミカの暴れる髪は催眠術にかけられたよう彼女の手のひらにぴったりと吸い付き、綺麗に整列していく。周囲のアシスタント達には、それが超高速の流麗なブラッシングに見えていたが、実態は髪(蛇)と指先(蛇)のテレパシー対話であった。真砂美の指先から極微量のコーティング剤(という名の石化の毒)が、毛先一本一本に塗り込まれていく。


『うわ、真砂美さんの指、さっきから本当に"シャ~"…って鳴ってない?  エ…エアコンの音?」


少し離れた場所で、ユウタが冷や汗を流しながらその様子を見守っていた。


仕上げの段階に入ると、真砂美は棚の奥から、ラベルがすべて剥がされた一本のスプレー缶を取り出した。中身は、彼女が自室で調合した『Petrification Mist(石化の霧)』表向きは【サロン専用超強力ホールド・スプレー】で通している。


「真砂美さん、そのスプレーをかける時なんですけど… なんでそんなに固い表情で息を止めてるんですか?」「私の…『吐息』がこのミストに一滴でも混ざると このセットは人類の技術では二度と解けなくなるからよ!… さぁ~いくわよ、ミカさん!目を閉じて!」


「えっ!人類の技術?…えっ?」


ミカが混乱する間もなく"シュッ!"という無音に近いミストが彼女の頭部を包み込んだ。その瞬間、真砂美はサングラスを指先でわずかにずらし鏡越しにミカの髪の結び目(ポニーテールの根元)へ鋭く凍てつくようなメデューサの魔視を送った。


「みつめられしモノ静止せよ!」


物理的な、静かな、しかし確実な「決定の音」が響いた。 ミカのポニーテールは、もはや単なる毛束ではなかった。それは、ギリシャ彫刻の最高傑作のごとき完璧な曲線と大理石のような高貴な質感を備えた「石の芸術品」へと変貌していた。見た目は信じられないほどシルキーでツヤツヤしているがアシスタントのユウタが恐る恐る指先で弾くと"コンッコンッ"とまるで高級な御影石を叩いたような、硬質な乾燥した音が響き渡った。


「ふぅ~…完成よ! これが、私の提案するスタイル『エターナル・スタチュー・ポニー』 神々の怒りですら、これを揺らすことはできないわ!」


ミカは鏡を見て、そのあまりの美しさに歓喜の声を上げた。


「すっご~い! 触っても一ミリも動かない!  なのに、見た目は全然ガチガチに見えないで、ツヤツヤして… 超オシャレ! これなら台風の目の中で自撮りしても映える!」


その日の午後、ミカは宣言通り強風吹き荒れる臨海の特設ステージでダンス撮影を行った。他のモデルやバックダンサーたちの髪が暴風に乱れ狂い顔に張り付いて悲惨なことになっている中ミカのポニーテールだけは、重力と風をせせら笑うかのように完璧な放物線を描いたまま一ミリの乱れも見せなかった。SNSではすぐに動画が拡散され


「あのヘアセット、もしかして最先端の物理演算CG?」


「重力を無視してる」


「あの髪型だけで物理法則が崩壊してる」


と大騒ぎになり、『Atelier GORGON』の電話は鳴り止まなくなった。


店長は


「素ん晴らしい! 予約が来年の冬まで埋まったわよ!」


と大喜びで狂喜乱舞していた。


しかし、その日の深夜。 真砂美のプライベートスマホにミカから一通の、悲鳴と絵文字だらけのDMが届いた。


『真砂美さん!大変!お風呂に入ってシャンプー5回したんですけど… 髪が全然解けません! 泡が全部滑り落ちていくだけで… 地肌にお湯が届きません! 指が一本も入らないんです! あと、寝ようとしてベッドに入ったんですけど… ポニーテールが固すぎて、枕に「ザクッ」て突き刺さって… 寝返りが打てません!  うちの猫が木彫りのキャットタワーだと思って登ってこようとしてます! どうすればいいですか~?(泣)』


真砂美は、タワーマンションのテラスで冷えた赤ワインを啜りながらスマホの画面に冷ややかな、しかしどこか満足げな笑みを浮かべた。


「あら、あら…困ったわねぇ~ 私の魔法を解くには、ペルセウス並みの覚悟を持って髪を切り落とすか あるいは、私の店で売っている 【専用の希釈剤(特殊アルカリクレンジングオイル・一本1万2000円)】 が必要だってこと言い忘れていたわ…」


彼女は悠然と立ち上がると、自らのサングラスを外し…鏡に映る自分の美しい髪(時折愛らしく「シャー」と鳴く)可愛い蛇たちを優しく撫でた。


「現代人は、何かと言うとすぐに形を変えたがるけれど… 時には、一つの美しさを生涯背負っていく覚悟も必要なんじゃない?」


結局、ミカは三日間その完璧なポニーテールのまま私生活を過ごす羽目になり、良く立ち寄るコンビニでも


「あの人、直立不動のまま寝てるって噂…ホント?」


などの新たな都市伝説を生み出すことになってしまった。翌朝、半泣きで来店したミカに、店長が満面の笑みで


「専用クレンジング、今ならセットで15%オフですよ!」


と売りつけていたのは、言うまでもない。

【今週の妖怪美容豆知識】 元メデューサのスタイリストによる「石化セット」は、以下の点に 厳重な注意が必要です。

1 「視線の漏れ」による頭皮硬化: 施術中、鏡越しにうっかり顧客と目が合ってしまうと 頭皮が急激に硬化し、結果として慢性的な肩こりや頭痛が 一瞬で完治する(物理的に固まる)副作用があります。 効果が強すぎると、一時的に「考えるのをやめた」状態になるため 注意しましょう。


2 アフターケア商品の「抱き合わせ販売」: 石化スプレーを使用した際は、通常の界面活性剤では 1%も分解できません。 必ず専用の「ポーション(強アルカリ性クレンジングオイル)」を セットで購入させ、サロンの客単価を上げましょう。


3 合わせ鏡の角度: サロン内の合わせ鏡の角度を間違えると、自分自身の指先を 視界に捉えてしまい、自分の指を石にしてハサミを握れなくなる セルフ石化リスクがあります。 毎朝の風水チェックと鏡の角度調整は怠らないようにしましょう。

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