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第3話:オフィス冷房戦争と永久凍土の給湯室 〜元雪女の静かなる反撃〜

かつて雪山で遭難者を凍えさせ、恐れられ氷の城で優雅に暮らしていた雪女も令和の世では【SDGs】と【節電】の標語の下、設定温度28度のオフィスで致命的な節電対策の為、溶けそうになっている。

登場人物


氷室吹雪(26):元・雪女で中堅商社の事務職。

        色白で常に冷えピタを愛用しているが、周囲からは

        極度の暑がりだと思われている。


佐藤課長(52):典型的な人間。冷え性で地球環境への配慮よりも

        自分の冷えを優先し冷房の設定温度を上げる。


高橋  (24):吹雪の後輩で人間。吹雪が給湯室に入ると、何故か室温が   

        3度下がる現象を超常現象だと思っている。


【本編】


 「暑い!もはやここは、熱帯雨林か火山の火口か!

  あるいは、かつて私が凍らせた男の祟りなのか!」


 吹雪は、デスクで団扇を扇ぎながらUSB扇風機を三台(正面、右、左)を

 同時に稼働させ、恨めしそうに壁の温度計を睨みつけた。

 エアコンの表示は「28.7度」。

 環境省が推奨するクールビズの適正温度。

 しかし、氷点下30度が適温、かつ体温がマイナスという吹雪にとって

 それは生存権を根底から揺るがす"地獄の釜"に等しかった。

 彼女のキーボードを打つ指先からは、稼働し過ぎたCPUのごとく

 時折うっすらと水蒸気が立ち上っていた。


 「吹雪先輩!顔色が悪いスヨ? というか~チョッと透けてないスか?

  大丈夫スか? また冷えピタ貼り直します?」


 後輩の高橋が軽いノリで心配そうに、保冷バッグからキンキンに冷えた

 新しい【冷えピタ】を取り出した。

 吹雪の額には、すでに四枚の冷えピタが地層のように重なっている…


 「高橋…私は今ね…自分が嫌がらせの様に電子レンジに入れられた

  高級バニラアイスになった気分なのよ…

  このままだと…午後の会議までに私は完全に溶けて無くなるわ…

  私の椅子には『かつて吹雪だった水溜り』が残るでしょうね…」


 「なに言ってんでスか!大げさスヨ!でもまぁ、確かに?

  今日は湿度も高くて不快指数は超~マックスですネ!」


 この軽いノリ…イライラに輪をかけたように腹が立って来る。

 昔なら氷の塊にしてそのままカジって食ってやるところなのだが…

 その時、のんびりとしたオフィスに不穏な足音が響いた。


 「冷えるなぁ~モウ!最近の若い連中は涼しいのが当たり前と思ってる

  どうして、こうも冷房をガンガンにかけるのかねぇ~まったく!」

 吹雪の宿敵…佐藤課長が、夏場だというのに厚手のカーディガンを羽織り

 膝掛けを抱えて現れたのだった。

 彼は鼻をすすりながら、壁のエアコンの操作パネルへと手を伸ばして


 "ピッ、ピッ、ピッ"


 「は~い…設定温度は30度!これぞ真のクールビズですよ皆さん!

  地球に優しく、経済的…しかも、僕の古傷が痛む膝にも優しいと!

  環境への配慮は、大人としてのマナーだよ…ヒ・ム・ロくん!…」


 吹雪の心の中は【愚かな人間どもに死を!】だった…

 殺意…究極奥義!絶対0度!イヤ…氷点下一万度の刑じゃ!

 かつて猛吹雪を操り、村一つを白銀の世界に沈めた本能が目覚める。

 彼女の瞳が一瞬…白銀に変わり鋭く、深く、底なしの闇の次に

 プラチナゴールドの様煌めいた。

 デスクの上に置かれたクリップやホチキスの針がパキパキと凍りつき

 真っ白な霜を纏った…


 「せ…先輩? 今…机の上が氷山みたいになったような…気がするっス…」


 「気のせいよ高橋…チョッと給湯室で『自分探し』を再構築してくるわ

  今の私は、理性がヤバい…このままだと会社どころか都内が氷河期よ」


 吹雪はよろめきながら、陽炎の立つ通路を抜け、給湯室へと逃げ込んだ。

 ここは彼女の聖域、且つ"冷却チャンバー"なのだ。

 周りに誰もいないことを確認し、内側から鍵をかける…

 彼女は大きく口を開けて深く息を吐き出した…


 「ふううううううううううううっ!」


 彼女が吐き出したのは、単なる吐息では無い…

 純度100%、不純物一切なしの【絶対零度の魔力】だ。


 "パキパキパキッ!"


 一瞬にして給湯室の空気が凍てついて行く…

 換気扇からは外に向かって氷の結晶が花のように吹き出し

 シンクに残っていたわずかな水滴は、瞬時にダイヤモンドダストへと

 昇華して行く。


 「ああ……これよ!これこそが、私の故郷フルサトの空気……」


 吹雪は、業務用冷蔵庫の製氷皿から氷を鷲掴みにすると

 それをまるでスナック菓子のようにボリボリと貪り食った。

 過熱した彼女の体内心臓アイス・コアが、急速に鎮まっていく…

 しかし、彼女の怒りは【冷却】されるどころか氷の刃のように

 研ぎ澄まされていった…


 「あの人間…イヤ…課長…

  自分の膝がチョッとばかしピリつくと言うだけで、人間の分際で…

  私を蒸発死させようとするとは…恐れを知らぬサルめが!

  ワレの恐ろしさを骨の髄まで教えやるわ!」


 吹雪は、白く凍りついた給湯室の床に、そっと手を触れた。

 「凍れ(フリーズ・アウト)!」


 彼女の魔力は、壁の配管を伝い、全てのオフィスの空調ダクト

 さらには佐藤課長が据わる椅子のネジの一本一本にまで凍みわたり

 氷の神経のように侵食していった。

 数分後…


 「ん?… なんだか、急に空気が締まってきたな…」


 デスクで稟議書を書いていた佐藤課長が首筋をさすって呟く。


 「お、いいぞ!30度設定したのに効率良く利いてるな!

  わが社のエアコンはダイキン製か?さすがだ! 」


 しかし、その冷気の効率は加速を続けて行く…

 オフィスの天井にある吹き出し口から、薄っすらと白い冷気が

 カーテンのように降り注ぎ始めた。

 窓ガラスは外側から真っ白に結露し、窓枠のサッシに霜が立つ

 社員たちのキーボードからは、カチャカチャという音に混じり

 シャリ、シャリという微細な氷の摩擦音が聞こえ始めた。


 「ちょ、ちょっと~!寒くないスか?

  先輩、いったい何度にしたんスか?」


 高橋が震えながら、上着を羽織って周囲を見渡す。

 だが、吹雪はいつの間にか席に戻り、涼しげな顔で仕事をしている。

 なぜか、彼女の周囲だけ空気が透き通って見える。


 「私は何も変えてないわよ!地球の気候変動じゃないの!」


 その時、佐藤課長の悲鳴が、氷の割れるような音と共に上がった。

 「ひ、膝が~! 僕の膝が~椅子と一体化している~!

  ズ…ズボンが椅子に張り付いて動けないよぉ~!

  だ…誰か助けてくれ~!」


 見ると、課長のデスク周りだけが、シベリアの永久凍土化していた。

 課長のコーヒーカップには、綺麗な"氷山"が浮かび

 足元には、なぜか一羽のアデリーペンギンのような形をした

 精巧な氷像が、課長の膝を冷たく見守っていた…


 「ひぃぃぃぃ!だ… 誰か~! 暖房を!

  いや、使い捨てカイロをあるだけ持ってきてくれ!」


 「課長、ダメですわよ!今はクールビズ期間中、かつSDGsの強化月間

  個人の勝手で設定を変えるのは『マナー違反』ですわ!」


 吹雪は冷えピタを悠然と一枚剥がし、凍りついたアイスコーヒーの

 ストローをガリッ!と噛み砕いた。


 「アァ~快適だわ~これこそが、あるべきオフィスの姿なのよ!」


 結局、その日のオフィスは『空調設備の局所的な超電導現象』と言う事で

 午後の業務が中止、全員強制早退となった。

 吹雪は、彼女にとっては溶岩地帯とも言える社外を、最強の保冷剤を

 敷き詰めた日傘でガードしながら満足げに帰路につくのであった。

 後日談ではあるが、専門業者が点検に来たところエアコンの内部から

 天然の、しかも一万年前の氷層に匹敵する純度の氷が数キロ発見され

 気象庁が調査に乗り出す騒ぎとなってしまったと言う。

【今週の妖怪就職豆知識】

元雪女が現代のオフィスワークを完遂するためには、以下の三種の神器を揃えるのが「生存」の鉄則です。

高性能・瞬間冷却機能付きのオフィスチェア(表面温度がマイナスにならないよう温度調節が必要)

「これはアロマ加湿器です!」と偽装した小型液体窒素噴霧器(周囲の温度を急速に下げる際の、視覚的なカモフラージュになる)

「北海道の、さらに山奥の、極寒の村出身なんです」という設定を周りの者すべてに周知させる事

 多少の異常な行動(氷を主食にする等)も郷土愛の一言で片付く。

 また給湯室を永久凍土にしてしまった後、速やかに証拠隠滅のため電子レンジでコンビニ弁当(特盛)を温め、その廃熱で霜を溶かす技術を身につけましょう。

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