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第2話:真昼の赤い誘惑 〜元ドラキュラパパと献血車の甘い罠〜

かつて、夜の支配者として恐れられた吸血鬼ドラキュラも、令和の世では「慢性的な鉄分不足」と「強すぎる紫外線」に悩む一介の市民である。

登場人物

アルカード(45):本名・有賀あるが公嗣。元ドラキュラ伯爵。

         現在は翻訳家。日光に弱いため、完全リモートワーク。


里美   (40):アルカードの後妻で人間の医者。夫の「血への執着」を

         単なる「極度のジビエ好き」だと思っている。


健一   (10):一人息子。里美とは本当の親子のように仲がいい。

         人狼のハーフである先妻との子供。

         反抗期で、散髪に行くとすぐ毛が伸びるのが悩み。


【本編】

 「外は…眩しすぎるな~

  まるで神の怒りが地上を焼き尽くそうとしているかのようだ」


 アルカードは、窓の隙間から差し込む一筋の光を忌々しげに睨みつけ

 力任せに遮光カーテンウを閉めて封じ込めた。

 彼の現代における主食は、スーパーで売っている特売の

 【レバ刺し風こんにゃく(鉄分入り)】と、妻が箱買いしてくる

 【プルーン100%ジュース】である。


 「パパ! 今日はショッピングモールに行く約束でしょ!

  早く準備してよ!天気のいい日は、いつもいつも遅いんだから!」


 息子の健一が、リビングのソファで不機嫌そうに吠えている。

 人狼族の血を引く彼は、満月が近づくと声が低い唸り声になり

 後ろ髪が逆立って来て犬歯が少し伸びてくる。


 「分かってるって!日傘は持った…SPF100の日焼け止めは塗ったと…

  それと…偏光サングラス、そして…銀細工の入っていない黒の防護服…

  あれ?どこだ?…ママ!里美~服は?」


 呆れ顔の里美…

 「パパがもう着てるでしょ?大丈夫?」


 天気のいい日は思考が鈍るとは言え…アルカードは重い腰を上げた。

 元・夜の王にとって、日本の夏…

 特に真昼の外出は文字通りの"デス・ゲーム"なのである。

 遮光ガラスフル装備のminiを走らせること30分…

 ショッピングモールの駐車場に車を駐車して出ると、広場の中央に一台の

 大型バスが停まっていた。

 赤地に白の十字…【献血にご協力ください!】という大きく書かれた幟が

 風にたなびいていた。

 アルカードは雷に撃たれたかのように足を止めた。

 彼の鼻腔を微かに…だが、抗い難い"芳醇な、命の響き"が擽った。


 「な…なんなんだ!あの『聖杯』を運ぶような馬車は~!」


 「え?、献血車だよ~パパ

  知らないの? 血を分けるボランティアだよ

  お菓子とかジュースなんかが貰えるらしいよ」


 健一が鼻を鳴らして答える。


 アルカードの脳内フィルターは、あろうことか…

 現代のボランティア精神を、吸血鬼社会における【貴族の晩餐会】へと

 致命的な誤りに変換してしまった。

 『献血』=『血の(貴族への)献上』…

 『ご協力ください』=『遠慮なく召し上がれ(テイスティング)』

 そして何より、受付看板に書かれた


 "お菓子と飲み物、無料配布中! 400mlコースが人気です!"


 の文字は決定的な誤変換を生み出していた…


 「バ…バカな! 現代の日本は、あんな車の中で…

  しかも、無料で…合法的にフレッシュなヴィンテージ・ブラッドが…

  『飲み放題』などと言うのか!

  しかも、400mlコースだと? まさに【ラージサイズ】ではないか!」


 健一は、完全に邪な吸血鬼の顔になっている父を見て


 「パパ? 顔が怖いよ。牙出てるよ」


 「健一、先に行っていてくれ…パパは…あそこで少し…テイスト…いや!

  社会貢献をしてくる!」


 アルカードの目は、完全に飢えた獣へと変わっていた…

 彼は、荒ぶる本能を抑制するため必死に


 「これは高級なトマトジュースの試飲会だ!」


 と自己暗示をかけながら、献血の列に並んだ。


 「はい、お名前と生年月日をお願いします!」


 受付のボランティアの女性が、天使のような笑顔で問いかける。


 「あ…有賀だ…ね…年齢は…人間換算で45歳…いや…

  実年齢を聞きたいのか…ならば1400年ほど…だ!」


 受付の女性は、相手にもせず、営業スマイル満面に


 「お若いですね~ー! 45歳、AB型ですね。

  今日はAB型が不足しているので助かります…ありがとうございます!」


 「何! AB型… あの希少価値の高い、幻のスパークリング・タイプが

  不足しているだと?う~む… 私が来たからには…

  一滴も無駄にはさせんぞ!」


 アルカードの理性が、砂の城のように崩れ始めた。

 バスの中に足を踏み入れると、そこは彼にとってのエルドラド(黄金郷)

 冷房の効いた清潔な空間、並べられたクッキー…

 そして何より、周囲の人間たちが誇らしげに腕を差し出しているのだ


 「こ…これが、現代のヘブンか…

  供給過多、まさに血液のハイパーインフレではないか!」


 ほとんど興奮状態で思考が意味を成してはいない。

 看護師がアルカードの腕に消毒液を塗る。


 「ちょ~っとチクッとしますよ~」

 「な…何をする!くっ…殺せ… 殺してくれ~!

  逆だ、私が受けるのはその針ではない!

  我の牙を向けさせろ~!」


 看護士は"何人かに一人はこう言うの居るのよねぇ~"と言った顔で


 「えっ? 有賀さん、緊張されてます?

  心拍数上がってますね、落ち着いてくださいね~」


 アルカードの喉は鳴り、牙がうずき始め視界が赤く染まる。

 隣のベッドで、400mlのパックに溜まっていく新鮮な「ルビーの輝き」

 それはまさに、採れたてのボジョレー・ヌーヴォーのような輝きだ。

 「だめだ!耐えろアルカード!

  ここで正体を現せば、バニラ・エアのチケット代を払い戻してまで

  引っ越してきたこの平穏な生活が終わる!」


 しかし、目の前に置かれた"採血後の水分補給コーナー"の、紙コップに

 注がれた"真っ赤な飲み物"が、彼の理性を最後の一線で突き飛ばした。


 「あああああ! 頂こうではないか! この世の全てに感謝してな!」


 アルカードは、紙コップをひったくるように掴むと一気に飲み干す。


 「ん?なにやら…しょっぱいな…」


 それは、ただの【塩分強めのトマトジュース】だった。


 看護士は淡々と


 「有賀さん! 400ml採り終わりましたよ

  立ちくらみしますから、15分は動かないでくださいね!」


 看護師の業務的な明るい声が響く。

 アルカードは、自分が血を『吸う』側ではなく

 人生で初めて『抜かれる』側として、400mlの生命力を献上したことに

 ようやく気がついた。


 「パパ! 遅いよ! 何してたの?心配するじゃない!」


 ショッピングモールの中で合流した里美が、幽霊のように青白い顔で

 ふらついているアルカードを見て絶叫した。


「あなた! 顔色が! 普段から白いけど、今は透けて見えるわよ!」


「里美…私は、現代社会の恐ろしさを知ったよ

 無料の『飲み放題』など、この世には存在しない…

 あるのは、善意という名の搾取ギブ・アンド・テイクだけだ…」


「何言ってるのか分かんないけど?…献血したんでしょ?

 えらいじゃない、誇りに思うわ

 はい、これご褒美の、鉄分2倍入り激辛スッポンスープ」


 里美が手渡したのは、試食販売でもらった見た目だけは血のように赤い

 滋養強壮のスープ。

 アルカードはグビグビと飲んだ


 「くぅ~効くな!」


 「でしょ! 聖職者(医者)の言うことは聞くものよ

  さあ、帰って休みましょう…」


 アルカードは、激辛スープでヒリヒリする唇を赤く染めながら

 二度と献血車を「赤いドリンクバー」とは呼ばないと

 まだ出てはいないが…夜空の月に誓うのであった。

 

 「ママ!パパはレバ刺しでいいけど…ボクは牛タンがいいなぁ~へへ…」


 「じゃ、パパのスッポンスープは次にして牛タンにしようか?」


 アルカードが、焼肉を超苦手なのは息子しか知らない…


【今週の妖怪健康豆知識】

 元ドラキュラが献血をすると、その血が濃すぎて検査機器が

 「エラー:高貴すぎる成分」と表示したり、輸血された人間が急に

 マントを羽織りたくなったりする副作用があると言われているが

 実際には鉄分過多で不採用になるケースの方が多いとのことです。

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