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第1話:首は長く、愛は深く 〜元ろくろっ首姑のワンオペ育児救済劇〜

現代の日本。

少子高齢化、ワンオペ育児、そして多様性の波に押され、かつての妖怪や魔物たちは

「人間への転生」という究極のジョブチェンジを選び、ごく普通の(?)市民として

社会に紛れ込んでいる。

これは、そんな元・魔物たちが、現代特有の苦労に直面しながらも、

かつての特殊能力を絶妙に「悪用(活用)」して生き抜く、悲喜劇的な日常の記録である。

(登場人物)


 美津子(62):元・ろくろっ首で現在は専業主婦。

        首を伸ばす癖は"重度の寝違え"叉は"ヨガの極致"で

        押し通している。


 健太(30) :美津子の息子(元・一反木綿との間にできた子)

        しがないサラリーマンで何故かヒラヒラした服を好む。


 結衣(28) :健太の妻。純粋な人間で看護師。

        義母の首が5メートル伸びることは知らない。


 太郎(0)  :健太と結衣の長男。

        おバアちゃんの顔が浮遊しているのを見るのが大好き。


【本編】


 「お義母さん、本当にすみません! 急な欠員が出て夜勤を断れなくて…」


 玄関先で、結衣が消え入りそうな声で頭を下げる。

 後では、生後六ヶ月の太郎がサイレンのような音量で泣き叫んでいた。


 「いいのよ結衣さん、医療の現場は大変なんだから。

  ここは『元・プロ』の私に任せなさい」


 美津子は、少しだけ首の凝りをほぐすように"ボキボキッ"と

 小気味いい音を立てながら微笑んだ。


 結衣が嵐のように去った後、リビングのボルテージは最高潮に達した。

 オムツよし、ミルクよし、温度よし…だが、太郎の泣き声は止まない。

 今の育児書には【根気強く抱っこし、スキンシップを図ること】とある。


 「ふう~やっぱり、人間式の抱っこは物理的に効率が悪いのよね~」


 美津子は手慣れた手つきで、リビングのドアをキッチリと閉めてから

 遮光カーテンを隙間なく引いた…


 「さて、始めますかね…四十数年ぶりの『全力』を!」


 "ゴキッ、ゴリゴリゴリッ!"


 鈍い音とともに、美津子の首が襟元からスルスルと伸び始めた。

 1メートル、2メートル…

 蛇のようにしなやかに…かつ強靭な筋肉を有した首は伸びて行き

 リビングの天井辺りを這いながら、ベビーベッドの上で優雅に舞う

 コブラのように美しい曲線を描いた。


 「ヨシヨシ、太郎ちゃ~ん…おバアちゃんの顔が来たわよ〜バァ~!」


 美津子の本体(体のこと)はキッチンで優雅にエプロンを締め

 ハーブティーを淹れ始めている。

 しかし、その頭部はリビングの空中に鎮座して太郎の目の前で

 『超~至近距離いないいないバァ~!』をしている。


 「ほぉ~ら!いないないバァ~」


 太郎の泣き声がピタリと止まる。

 目の前で重力を無視して浮遊するおばあちゃんの笑顔。

 これこそが、現代の知育玩具でも到達できない究極の子供のあやし方

 エンターテインメントである。


 「あらあら!喜んでる…じゃあ、もう少しサービスね」


 美津子の頭部は、首を新体操のリボンの演技のようにくねらせながら

 リビング中をダイナミックに回遊し始めた。

 「シュシュシュ〜おばあちゃん特急ですよ〜

  乗車賃は、その可愛い笑顔一回分ね!」


 ここからの美津子は凄まじかった…

 首を5メートルも伸ばし、妖力ともいえる首の力で

 頭はリビングで太郎をあやしながら、口に咥えたおしゃぶりを

 適切なタイミングで供給…

 首の中間部は廊に在り、ルンバが挟まった段差を首の重みを利用して

 押し込んで解消…

 首の付け根は、洗面所付近にあり洗濯機から飛び出していたタオルを

 顎のラインで器用にキャッチ…

 本体は、キッチンにて夕飯の肉じゃがを煮込みつつ、スマホで

 『嫁に嫌われない育児アドバイス』を検索する…


 「これが、ろくろっ首流『スマート・ワンオペ育児』よ!」


 美津子が勝ち誇ったようにハーブティーを啜ろうとした、その時…


 "カチャリ"と玄関の鍵が開く音がした。

 「ごめん結衣! スマホ忘れて…って、エェェェェェ~!」


 忘れ物を取りに戻った健太が、絶句して立ち尽くしていた。

 彼の視線の先には、リビングをジェットコースターのレールのように

 埋め尽くす【母の首】と、その首のカーブに腰掛けて

 キャッキャと爆笑しながら滑り台を楽しんでいる太郎の姿があった。


 「母さん! 出てる!でてる! 限界突破してる!

  部屋の容積に対して首が多すぎるよ!」


 「あら健太、おかえり…

  見て、太郎ちゃんたら私の首でボブスレーごっこをするのが

  お気に入りみたいなのよ

  この子のバランス感覚…将来は、あなたのお父さん(一反木綿)

  譲りかしらね?」


 健太はあきれたように


 「母さん、そんな呑気なこと言ってる場合かよ!

  もし結衣が見たら、実家に太郎を連れて帰って最後…

  二度と会えなくなるよ!」


 健太は必死で首をリビングに押し戻そうとする。


 「チョッ…ちょっと健太!乱暴に押し込まないで!

  筋が違ちゃうじゃないの!」


 「母さん、いいから戻ってよ! 早く!」


 その時、なんと間の悪い事か玄関からまた、足音が。


 「あれ?健太くん?、まだいたの?」


 夜勤に出たはずの結衣が、忘れ物に気づいて戻ってきたのだ。


 「やばい! 母さん、緊急避難!」


 「ム…無理よ!一気に戻すと三半規管が~…!」


 "シュルシュルシュルシュルッ!"


 掃除機のコードが巻き取られるような猛スピードで

 美津子の頭部がキッチンへ帰還する。

 しかし、加速がつき過ぎた…


 「あ、これ…止まら…なぃ…!」


 "ゴンッ!"


 凄まじい衝撃音が部屋の中に響き渡った。


 「ただいま~って…今の音、何? 健太くん!お義母さん!」

 結衣がリビングに血相を変えて飛び込んでくる。


 そこには、キッチンの吊り戸棚に頭を強打し、首を不自然に【Z】の形に

 折れ曲がらせたまま、白目を剥いて立ち尽くす美津子の姿があった。


 「ア…あぁ…結衣さん。おかえりなさい…」


 美津子の声が、首の曲がった部分で共鳴して奇妙なエコーを伴っている。


 「お義母さん! 首が! 首が大変な角度に曲がってます!!」


 看護師の血が騒いだのか、結衣が悲鳴を上げて駆け寄る。


 「だ、大丈夫よ…これ、最近流行りの首のストレッチなの

  ほら、現代人はスマホ首になりやすいって言うじゃない?」


 美津子は涙目になりながら、自力でバキッ、ボキッ!と骨を鳴らして

 首を垂直に戻した。


 「そ、そうですか…? でも、今…ゴンッて鈍い音が…」


 「それは、私のやる気スイッチが入った音よ!

  さあ、結衣さんは安心して仕事に行ってらっしゃい

  太郎ちゃんは、おバアちゃんと『秘密の遊び』で喜んでいるから」


 太郎が居るベビーベッドの方から


 「キャハハ!」


 と浮遊物体を待ち望んでの笑いが起こった。


 健太に押し出される様に結衣が半信半疑で再び出勤した後…

 美津子は溜息をつきながら冷湿布を首全体に(合計5枚)貼り付け

 笑っている健太に小さく呟く。


 「次は…もう少し減速しないとね…今は昔と違って気儘に首をのばせない

  社会だから、ホント…おバアちゃん、大変だわ!」


 だが、可愛い孫の太郎の笑顔を見れば、首の痛みなど何のこれしきと思う

 美津子(62歳)であった。

【今週の妖怪育児豆知識】

 ろくろっ首の首は、急激に戻すと【首酔い(重度のめまい)】を起こすとされています。

 また、狭い屋内でフルパワーを出してしまうと、自分の首で自分を縛る

【自縄自縛状態】に陥るため、常に部屋の空間面積を確認しましょう。

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