75 兄妹
途中、くしゃみに阻まれながらも聞き取った話によると、マリーとクリストフは実の兄妹らしい。しかしながら現在は両親の離婚によって、マリーはマドルガ姓に、クリストフはピボット姓になっているとのこと。
だけど今でも父と母はよく会うんです、とあっけらかんと言うマリーに、クリストフが「商売上の繋がりがあるので」と補足する。どうやらマドルガの店で取り扱う布地の一部をピボット家の工場で作っているらしく。
「こう見えて侯爵家なので色々と母からしたら頼り甲斐があるんでしょうね。男としてはちょっとダメだったのかもしれませんが」
「そうは言っても父上だって頑張ってるよ。母上は気が強すぎると私は思う」
「よく言うわ、お兄ちゃんったらお母さんの前ではお調子者で自分の意見なんて言えないくせに!」
いがみ合う病人同士をなんとか引き離して、私はヘザーの方をそろりと伺う。どうやら彼女も同じことを考えているらしかった。
「あの………」
「「はい?」」
見事に被った兄妹の声に私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、なんとか口を開いた。
「せっかくなのですが……また日を改めて会った方が良いかもしれません。二人ともが風邪を引いているのであれば、回復を待って……」
残念そうな声は聞こえたが、クリストフもマリーも自分が不調であるという自覚はあるようで、肩を落としつつ帰り支度を始めた。ホッとしたようにココアを飲むヘザーにも私は「またぜひ」と声を掛ける。
とぼとぼと玄関へ向かう三人の背中を見送りながら、私はクリストフにアマンダの手紙の件を伝えた。「団長殿にも伝えておきます」とぼんやり返事をしたグレーの瞳が、突然カッと見開かれる。
「ジャンヌさん………!」
いきなり強い力で肩を掴まれて私は何事かと目を白黒させる。クリストフは神妙な面持ちでこちらを見ていた。
「昨日の任務ですが、団長殿は私たちが帰った後も別の任務へと向かっておりました」
「えっと……はい?」
「今日、団長殿は朝の会議を欠席されております。私としてはラッキー……いや心配で心配で、だけども断腸の思いでこちらまで参りました」
「………?」
イマイチ言いたいことが分からず、私はただ黙ってクリストフの言葉を聞く。病人であるクリストフは何故か鬼気迫る表情で私に顔を近付けた。
「団長殿は今頃寝込んでいることでしょう」
「え……?」
「寒くて震えているはずです。もしかしたら朝から何も食べていないかもしれません。宿舎は月曜から調理場の改修工事で食堂が使えないんです。あぁ、もしかして飢え死にを……」
そこでようやく、私はクリストフが何を求めているのか理解した。つまるところ彼は、私にユーリの見舞いに行けと言っているのだ。
私はふっと息を吐いて笑顔を見せた。
クリストフの目を見据えて頷く。
「団長様のお見舞いに行きます。どのみち、アマンダに面会するためには王都に行かなければいけませんし、その前に宿舎に立ち寄ってみます」
「助かります……!」
「クリストフさんったら、本当にお優しいんですね。団長様のお食事事情まで考えているなんて」
素直な感想なのに、クリストフはモゴモゴと口の中で言葉を転がして目を泳がせた。褒められることには慣れていないのかもしれない。なにせ、彼の上司は鬼の騎士団長だから。
こうして私は家を出る三人と共に王都へ向かうことになった。
皆と一緒であれば父も心配しないだろうし、私自身も緊張せずに済む。以前はどこへ行くにも常に警戒していたけれど、ペチュニアやアマンダといった当事者たちが身柄を拘束されてしばらく経つので、そろそろ落ち着いてきた頃だろう。
「ヘルゼンは事業を縮小するみたいよ。宝石や衣服なんかの貴族向けの豪華な商品は今後扱わないんですって。まぁ、難しいわよね」
「そう………」
「イーサンは騎士団を辞めたわ。父親と一緒に各所に向けての謝罪なりで忙しそう。もともと適性ではなかったし、良い選択でしょうね」
「え、騎士団を辞めた……?」
バスに揺られながらヘザーの話に耳を傾けていたが、私は入って来た知らせに驚いた。
あんなことがあった以上、これまで通りに生活を続けるのは難しいと分かっていた。だけど、ヘルゼンが崩壊しかけている今、騎士団を辞めることが得策とは言えない。先ずは信頼を回復するために否が応でも団員生活を継続すると踏んでいたのだけれど。
(まだプライドがあるの………?)
騎士団としての仕事を語っていたイーサンの姿をよく覚えている。自分がやるべきことではない、居るべき場所ではないと彼はよく言っていた。箔をつけるための期間なのだと。
イーサンが騎士団を離れた今、私はまったくもって宿舎と縁がなくなったも同然。離縁状は相変わらず帰って来ないので、何もかも宙ぶらりんだ。のこのことユーリを訪ねて行く資格が、果たしてあるのだろうか。




