74 手紙
投獄されたというアマンダから手紙を受け取ったのは、私たちが南部に移動して三週間目に入った頃だった。白い封筒の中には便箋が二枚入っていて、いずれもびっしりと謝罪の言葉で埋め尽くされていた。
「………会いに行くだって?」
信じられないという顔で見る父ダフマンに、私は頷いて見せる。すっかり料理に目覚めた父は今日一人で朝食を準備してくれた。
「アマンダから会って謝罪したいと申し出がありました。これから裁判が控えているから、判決が出る前に会いたいと」
「お前に許しを乞うて罪を軽くしてもらおうとしているんじゃないか。わざわざ出向く必要はない」
そんな情けを掛ける価値はないんだ、と力強く拳を握ったままで言い切る父の姿に、まだ彼が従姉妹のことを憎んでいるのは理解できた。私だって、もちろん許してはいない。容易に忘れてはいけないことだし、母のためにもそうすべきではない。
だけど、まだまだ聞きたいことはあった。
彼女だけが知る母キャサリンの最期の様子、一度目の人生では選ばなかった医療学校という選択肢をなぜ今回は選んだのか。いつからイーサンを愛していたのか、など。
いずれも今更知ったところで、という話だけれど、二度目の人生を生きる私にとって一度目の人生との相違には強い関心がある。これから私が歩むのは完全に前回とは違う人生であって、正直期待よりも恐れの方が強い。自らの手で捻じ曲げた「運命」というものが、どんな風に作用するのか分からないから。
「拘置所での面会には騎士団の方が立ち会うはずです。それに、私たちは柵越しに顔を合わすだけです」
「しかし………」
「何を言われても許しはしません。きっともう簡単には会えなくなるので、最期に別れの挨拶はしておきたいと思います」
父ダフマンはそれ以上何も追求しなかった。
団長たちには伝えておくべきだ、という意見に私は賛成して「クリストフに伝言しておく」と答えた。ちょうど午後からクリストフが家に来る予定だったのだ。
そして、私たちの会話のきっかり三十分後に、クリストフ・ピボットは若い女二人を引き連れて南部の家を訪問した。玄関を開けてすぐに私は顔を綻ばせる。
「マリーさん!ヘザーさん!」
立っていたのは、イーサンの同僚であるマリーとヘザーだった。揃って休暇を取っていたのか二人とも私服で、寒そうにコートの中で縮こまっている。
「南部は暖かいってマリーが言うから薄着で来たのに、びっくりするほど寒いじゃない……あんた風邪とか引いてないの?」
「今のところは健康です」
口先を尖らせたヘザーが「なら良かった」とぶっきらぼうに言いながら部屋の中に入る。私は二人を暖炉の近くに招きつつ、父に友人たちだと紹介した。
クリストフは変わらぬ丸顔にニコニコといつもの笑顔を浮かべて私たちの様子を見ている。目の前に座るマリーと、部屋の入り口に立つクリストフの顔を見比べて私は首を傾げた。
「マリーさんとクリストフさんは寒くないのですか?」
クリストフが汗っかきなのは通常運転なのだが、どういうわけかマリーも今日は顔が赤い。おでこにはうっすらと汗を掻いているようにも見える。マリーが答える前にヘザーがギョッとした顔で手を伸ばした。白い手がマリーの額に触れる。
「ちょっとマリー!熱があるんじゃない!?」
「へぇ?」
「なんで来るまでに言わなかったの!バスに乗ってる間やけに静かだと思ったけど、風邪を引いてたってこと!?」
「ははぁ、マリーもですか。実はかくいう私も脳みそが溶けそうで頭がふわふわしていたところです。これはたぶん昨夜の任務ですねぇ」
ズビッと鼻を啜るクリストフに私とヘザーは「昨夜の任務?」と聞き返す。クリストフの代わりにマリーがぼんやりした顔で口を開いた。
「はい。あの鬼団長が私たち二人を雪の中で二時間も連れ回したんです。寒くて雪だるまになるかと思いました」
「二時間……!?」
「ヘルゼンの関係施設の立ち入り調査ですよ。宝石店とか商店とか、関連する工場だったりの聞き込みと情報捜索です。本当に寒くって、」
想像しただけで震えているヘザーの隣で、クリストフが何度目かのくしゃみをする。気の毒になったのか父が奥から暖かいココアを人数分用意して現れた。
私たちはそれぞれ礼を言いながらマグカップを受け取る。ほぼ同時にクリストフとマリーが一際大きなくしゃみをしたので、私は飛び上がった。
「コリーナさんも心配するでしょう……」
私は洋裁店を営むマリーの母親のことを思い浮かべる。娘が風邪を引いたとなれば、彼女も大慌てするはずだ。しかし、マリーはずびずびと赤い鼻を鳴らして首を振った。
「風邪を引いた以上、店には近付けません」
「え?」
「母から言われているんです。病人は店に近付くなって。かと言って宿舎に居ても他の団員に移ってはいけないので、今日はお兄ちゃんの家に泊まります」
「お兄ちゃん?」
オウム返しに尋ねる私の前でマリーが頷く。
人差し指が真っ直ぐに伸びるのを見た。
「え、お兄ちゃん……って……」
「はい。私がお兄ちゃんです」
私の視線の先でクリストフがこくりと首を縦に振る。何を今更といった顔のヘザーの隣で、当のマリーは三度続けて大きなくしゃみをした。




