72 アヴェイルの祭り2
久方ぶりの賑やかな食卓だった。
普段は父と私、住み込みで働いてくれているメルトンに加えて、今日はクリストフとセドリックにユーリまで居合わせている。もともと彼の家なのでいつ訪問してくれても自由ではあるが、せっかくの家族団欒の時間を打ち切ってまで私たちの元を訪れたユーリ・バレンタインという男の心情が分からなかった。
(よほど責任感が強いのかしら……?)
アマンダの件もヘルゼンの件も、すでに私たちの手元からは離れたはずだ。いずれもロゼリアの法に触れている行いなのだから、然るべき処罰を受けるだろう。離縁の申し出を伝える手紙に返事はないものの、時間の問題だと私は踏んでいる。
「今日は何を?」
ふらりと立ち上がって厨房へ来たかと思うと、隣に立ってそんなことを聞くユーリに驚いた。
「と……鶏肉をオーブンで焼きます」
「いや、今日は何をしたのかと聞きたかった」
「あ、今日はですね……メルトンさんたちとアヴェイルのお祭りに行きました。お家にずっと居ると気分が沈むからと、気遣いいただき……」
「なるほど。それでクリストフとセドリックが同行したわけだな。アイツはそういうイベントが大好きだから」
頷くユーリの言葉を聞いて、私は昼間に見た口いっぱいに肉を頬張るクリストフの姿を思い出す。人前だと言うのに、うっかりツボに入って笑い転げた。
まん丸の顔で嬉しそうに咀嚼するクリストフの表情ときたら、本当に幸せを絵に描いたようで、たぶんしばらくは頭から離れないだろう。
「っふふ、あはは!ごめんなさい、私ったら、」
ユーリは目だけを見開いたままで何も言わない。
一人でゲラゲラと笑い続ける自分がさすがに馬鹿みたいなので、私はなんとかシンクの端を握って耐えた。
「ふぅ……もう大丈夫です。落ち着きました」
「なんだか分からないが、楽しそうで良かった」
「あら、団長様だって良い時間を過ごしたんじゃありませんか?可愛らしいお嬢様に、綺麗な奥様までご一緒で」
「は?」
間違えた。
これは黙っておくはずだったのに。
訝しむように眉をひそめるユーリを前に、私は冷や汗を掻きながら後退する。追求しないことを決めたのに、自分で突っ込んでいくとは。
話を逸らすために私は良い匂いのするオーブンの中を覗くフリをしつつ、メルトンの名前を呼んだ。「焼け具合を確認してほしい」と伝えると、二つ返事で了承してくれる。
その後もさりげなく距離を取りながら人数分の皿を取ろうと手を伸ばしたところ、ぐいと腕が引かれた。
「何か誤解してないか?」
「えっ?」
聞き返しただけなのに、硬い表情のままでユーリは怒ったように歩き出した。驚いた顔でこちらを見るメルトンが何事かと目で訴えている。
安心させるために「すぐに戻ります!」と説明したのに、ユーリはすかさず「しばらく戻らない」と言うから、私は自分の身がこれからどうなるのか心配になった。
引き摺られるように歩きながら、オーブンの中で美味しそうに焼ける鶏肉が見える。いやいや、そんなまさか。
談笑する父ダフマンたちには「外を散歩して来ます」と爽やかに言うのを見て、私はいよいよ怖くなった。今までの借りはたくさんある。彼は基本的には善人だと思いたいけれど、クリストフやマリーの証言からするに、怒ると非常に恐ろしいとか。
やはり家庭の話を無遠慮にしたのが地雷だったのだろうか。たかが一団員の妻が、行き過ぎた詮索をしたと思われたかもしれない。
「あの、団長様……いったい何処まで……?」
徐々に小さくなる屋敷を見送りながら、私は腕を引くユーリに尋ねた。
「二人で話せる場所まで」
「ひっ」
考えるより先に息を呑む。
様々な可能性が頭をよぎった。
「えっと、これだけは言わせてください。確かに私は貴方に色々なことをしていただきましたが、基本的に借りは返そうと思っています。何年掛かるか分かりませんが、金銭的なものを要求するようなら父には話をせずに私に、」
「前にも言ったが、金には困ってない」
「あぁ……ですよね。じゃあやっぱりアレでしょうか、未来を知っている私が存在するのは騎士団的によろしくないから………」
まさか、抹殺を?
ここまで手伝っておいて最後の最後に?
自分で言いながら「そんなはずない」と否定する。第一、殺す人間を相手に家を貸してくれたり、メイドを用意してくれたりと世話を焼いてくれる理由が分からない。
お手上げ状態で立ち止まる私の目を見据えて、ユーリは短い溜め息を吐いた。
「俺に娘はいない」
「え……?あんなに可愛い女の子なのにどうしてそんな風に仰るのですか。認知しないなんて、団長様はやっぱり噂通りの鬼、」
言い切らないうちに片手が伸びて来て、私の口元を両側からむぎゅっと押さえ込んだ。
「あふっ……!」
「妻も居ない。君が見たのは、国王陛下の息子であるアルフォンス王子の娘だ。ちなみに隣にいたのは妻のエカチェリーナ王子妃」
「はぁ………?」
上手く喋れない私に顔を近付けて「分かったか?」と尋ねるものだから、私は首を縦に動かして必死で頷いた。ようやくユーリの手が離れる。
勝手に勘違いして申し訳ないものの、あんなにそっくりだと間違えても仕方がない。物言いたげな様子が伝わったのか、ユーリは呆れたように「遠い親戚なんだよ」と説明する。
「とにかく誤解しないでほしい。困るから」
「困る……?」
「君には誤解されたくない」
それじゃあ戻ろう、と歩き出した背中を黙って目で追う。言われた言葉の意味を冷静に考えようとした。私が誤解するとユーリは困るらしい。
なんで?




