67 閉幕2
生活は、変わろうとしていた。
クレモルンの屋敷に到着すると私はすぐに、先に帰宅していた父の部屋へと向かった。父ダフマンも事実を受け止めきれない複雑な顔で私の話を聞いていたが、ユーリの提案を呑んでくれるということで話はまとまった。
私たちは手早く荷物をまとめて、クレモルン男爵家の屋敷を脱出する運びとなった。メイドのケリーにも経緯を話して南部への移動に誘ったが、残念そうな顔で首を横に振るだけだった。家族がある以上、共に移ることは難しいと言う。こればかりは彼女に選択権があるし、私たちだって無理強いすることは出来ない。長い間働いてくれたことに感謝して、私と父は屋敷を出発した。
「お父様、すみませんが……二箇所ほど立ち寄りたい場所があります」
「構わないよ。手短に済ませてくれ」
私はタクシーの運転手に行き先を伝える。
大通りの片隅で車は停車した。
ウィンドウ越しに目当ての店の中を覗く。
せっせと手を動かす見知った男の姿に、私は安堵の息を吐いた。休憩中でなくて良かった。最後にどうしても挨拶をしておきたかったから。
「アルキノーさん!」
「おっと、ジャンヌさん!?」
パン屋を営むカール・アルキノーは今日も今日とて白いエプロンに満面の笑みで出迎えてくれる。店先の商品はだいぶ数が減っていたが、私は慎重に吟味していくつかを注文した。
「実は……しばらく王都を離れることになったんです。いろいろとお世話になりました」
「えぇっ、いつからですか?」
今からだ、と外に停まっている車に目を遣りながら答えると、アルキノーは口をあんぐりと開けて絶句した。ヘルゼンでのパーティー用の焼き菓子を今朝受け取ったばかりだし、急であるのは本当。
しかし、ユーリが進言してくれたように、クレモルン邸に居続けるのは危険だろう。アマンダはまだしも、ヘルゼンから恨みを買う可能性は高い。
「また、きっとまたお客として戻ってきます。私はアルキノーさんのお店の大ファンですから。これからもどうか……みんなに愛される焼き菓子を届けてください」
「そんな、ジャンヌさん……!」
「このお店は長く続くべきです。ロゼリアの王都を象徴する場所として、どうかお店を守って」
私は深々と頭を下げた。
時間はあまりないから、会計を済ませて袋を受け取ると車へと急ぐ。あれもこれもと色々追加してくれた店主の親切心が、素直に嬉しかった。
次に向かうべきは。
「運転手さん、一本入った通りにあるコリーナ洋裁店までお願いします」
父は目を閉じたきり、何も言わない。今日という一日で私たちは自分たちの頭で処理しきれないほどの情報を受け取った。そのほとんどは悪いものだったから、塞ぎ込むのは当然だ。
再び停車した車から飛び出すと、洋裁店の扉を押し開けた。幸いオーナーのコリーナ・マドルガとその娘マリーは一緒に店に立っていて、二人揃って丸い目で私を見る。息を切らしながら口を開いた。
「すみません……しばらく王都を離れます。ただ、挨拶をしておきたくて。お二人にはお世話になったので……」
「ジャンヌ、何か事情があるのは分かったわ。だけどどうか、無茶はしないで。落ち着いたら連絡してくれる?」
優しいコリーナの声音にブンブンと頷く。
隣に並ぶマリーが、すでに南部のセドリックと連絡を取り合い、毛皮の手配を進めていると教えてくれた。約束を守れたようで私はほっと息を吐く。
「ヘルゼンでも何か始めるんでしょう?」
「え?」
「組合に勤める知り合いが教えてくれたの。ヘルゼンが大量の毛皮を売り捌こうとしてるってね。うちも注文を入れるべきかしら?」
「おすすめしません」
不思議そうに「どうして?」と尋ねるマドルガ親子に、私はどこまで話して良いものかと考える。
「ここだけの話、品質が保証されていないんです。伯爵はきっと気付いていないので、奥様の指示で仕入れたものかと……」
「はぁん。あの女ならやりかねないわねぇ、貴女に相談しておいて良かったわ」
「あの、私が居なくなった後、もしも宝石店のお店の人たちが困っていたら助けてあげていただけませんか?できる範囲で構いません、お願いです」
「ええ、分かったから安心して」
ぽんぽんと優しく背中を叩くと、コリーナは「急いでいるんでしょう?」と問う。私は黙ったままで頷いた。マリーはまた会いましょう、と抱き締めてくれたのでその抱擁に応える。
ヘザーを連れて南部に遊びに来てくれることを約束して、二人は私を見送ってくれた。短い間だけど良い関係が築けたと思う。それはきっと、マリーとコリーナが私を受け入れる心を持っていてくれたから。




