66 閉幕1
「団長様………!」
階段を降りて行く背中に、どんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった。
すべてのことを理解するには時間はあまりに短く、私の心の余裕もない。取り乱した様子もなく、いつもの顔で前を歩くユーリの頭の中を覗いてみたいと、初めて思った。
夫の上司である鬼の騎士団長ユーリ・バレンタインは、公爵家の跡継ぎ。それだけでも既に十分な驚きに値するのだが、彼が最後に言っていた言葉を私なりに紐解けば新たな事実が見えてくる。
「あの、アマンダは……従姉妹は、何か他の罪も隠しているのですか?」
賑やかな部屋の中に入る寸前、ユーリはくるりと振り向いた。碧眼が私を静かに射抜く。
「調べてみて分かったことだが、彼女の両親が焼死した際、不可解な点があったらしい」
「不可解?」
「出火原因は蝋燭の火の消し忘れとされていたが、燭台の燃えかすは廊下で見つかっている。それに隣の部屋で大火事が起こったにも関わらず、生き残った彼らの娘はほぼ無傷だった」
「………それは、」
私は思わず口元を押さえた。
考えたくない可能性が浮かんで心臓が痛い。
クレモルン男爵家に迎え入れた際、アマンダはまだたったの十歳だった。あどけなさの残る顔立ちで、私たちは姉妹のように同じ時間を過ごした。
十年もの間、一緒に居た。
母も父も、もちろん私だってアマンダを家族だと思って共に生活していた。母が死んだ後、この五年間何も疑わずに。
「理解しなくて良い」
静かな声で、しかしはっきりとユーリは言う。
私は俯いたままで小さく頷いた。
「他人のことを完全に理解することなんて出来ないんだ。自分を貶めようとする奴らに理由を尋ねたところで、納得なんて出来るはずがない」
「………はい」
「だが、知りたいと思う気持ちは分かる」
そう言って黙ったユーリの視線の先には、セドリック・マホーンに腕を握られたメイド長イボンヌの姿があった。その両面は大きく見開かれて、口元はワナワナと震えている。楽しそうな会場の中で、そこだけが異質だった。
セドリックの姉は公爵家に嫁いでいた。
公爵家にはすでに幼い息子が居て、彼女はその子供を命の危険に晒した罪悪感から自死を選んだと聞いている。
今までの話からすると、その子供は……
「私ではありません……!あの女は勝手に屋敷を出て行ったのです。きっと新しい生活に慣れなかったのでしょう!若い女でしたから、子供の世話に疲れて殺そうとしたんだわ!!」
「当時働いていたメイドに聞いたが、姉さんはひどい虐めに遭っていたそうだ。公爵の目を掻い潜って陰湿な虐めを行っていた主犯は誰なんだろうな」
「虐めではなくて教育です!女主人としての在り方を教えて差し上げただけですわ。私にはメイド長としての責任がありました……!」
セドリックと言い合うイボンヌの方へと近付いたユーリは、顔を寄せて口を開いた。
「随分と責任感が強いんだな、感心するよ」
「も、もちろんですとも!私は何年もいろいろなお屋敷で勤めて来ましたから。そうだわ、ヘルゼン伯爵夫人にも聞いてみてくださいませ!私の働きぶりときたら、」
「もうすぐ父がここへ来る。中央裁判所の所長は父の友人なんだ。俺には分からないから、あとは《《大人たち》》で話を進めてくれ」
そう言って笑うと、ユーリは姿勢を正してこちらへと戻って来た。
セドリックが頷くのを確認して、ユーリはまた歩き出す。私はその場に留まるべきか、それとも彼の後を追うべきか悩んで、とりあえず足を動かせた。
「団長様!」
黒いスーツを着た背中がスイスイと人並みを縫って進むのを、私は片手を伸ばして追い掛ける。開かれた玄関の向こうに、屋敷を取り囲むように列を組んで並ぶ男たちの姿を見た。
「この方たちは……?」
「同僚や部下をリンクス兄弟によって失った隊員たちだ。兄のアルディンは第三部隊の隊長と負傷した兵士の管理を担当していたから、相当な数の兵士が影響を受けている。俺が赴任する前の騎士団長は黙認していたんだろうな」
金でも握らせていたんだろう、と呟くとユーリは男たちのうちの一人に近付いた。短い会話をしてこちらへと戻って来る。
「騎士団のことは騎士団で処理する。伯爵家のことは証拠を元に裁判所が判断を下すはずだ」
「分かりました……私は家に帰って父と話し合います。私たちは商会を離れる必要がありますから」
「その件だが、」
言葉を切って黙り込むユーリを見上げる。
太陽を背に、碧眼は私を見つめていた。
いったいこれ以上何を言われるのだろう。
ユーリが厳しい意見を言う人間であるということは重々承知しているものの、今の私の心理状態では受け止め切れる自信がない。出来れば日を改めて場を設けていただいた方がありがたい。
「そんな顔をするな。困らせたいわけじゃない」
「え?」
私は慌てて自分の頬を引っ張る。
鬼の騎士団長は少し笑って目を細めた。
「クレモルン男爵と君には、しばらく南部に滞在することを勧めたいんだ」
「南部に……ですか?」
「あぁ。広くはないが空き家があるから、好きに使ってくれ。使用人も一緒に来てくれたら良い」
「王都の家は?」
「必要なものだけ持って出てほしい。ヘルゼンはこれから荒れる。君たちに影響が及ぶ可能性だって考えられる」
分かりました、と私は答えて瞬きをした。
これから家はどうなるのだろう。
アマンダとイーサンの件は、揃っている証拠があれば離縁へと無事に運べるはずだ。父ダフマンにもユーリの提案を伝える必要がある。
「あの………」
不思議そうにこちらを見るユーリの目を見据えて私はおずおずと口を開く。ずっと気になっている質問が胸の内にあった。
「何故こんなに手を貸してくださるのですか?団長様にはお世話になりっぱなしで、後から命でも要求されるのではないかと怖いです……」
ユーリは目を丸くして驚いた顔を見せる。
私は怯えながら彼からの返事を待った。
「君の下手な悪妻の芝居が気に入ったんだ」
「へ……?」
「こんな見掛け倒しの化粧で悪妻を気取るから」
「み、見掛け倒しでは、」
恥ずかしさからカッとなって睨むと、手袋をはめたユーリの手が私の頬に添えられた。突然のことに身体が硬直して動かない。
「何も変わってない。初めて宿舎で見た時から君はずっと、正直で、一人でやたらと何でも抱えたがる大馬鹿だ」
「ば……え?」
どうやら緊張は無駄だったようで、小さく笑うとユーリは私を置いて歩き出す。その先に待機する車を見て、こうなったらせめて家までは送ってもらおうと私は後を追い掛けた。




