65 開幕5
「助けなかったのは事実です。だけど、私は人殺しじゃない。人が死ぬのをただ眺めていただけ」
吹っ切れたようにそう言うとアマンダはユーリの方へと向き直った。
「貴方、騎士団長なんでしょう。ちょうど良いわ。ジャンヌの母の件は無実です。それに、薬に毒が混ざっていたのだって故意じゃない。私はまだ学生だから、知識が足りなかっただけ」
ごめんなさいね、と申し訳なさなそうに両手を合わせてアマンダは私を見遣る。それほど大きな声ではないのに、頭の中でぐわんぐわんと響いた。
私が知らなかった最期の会話。
確かに事故だったのだと思う。だけど母は、アマンダに助けを求めていた。その細い手を伸ばして落ちて行った姿を思い浮かべると、胸が裂けるように痛い。信じられない。
誰もが口を噤む中、アマンダはユーリから目を離して私を見た。
「ジャンヌ、この機に謝っておくわ。小母様のこと、イーサン様のこと、本当にごめんなさい。だけど、貴女だって非があるのよ」
「………?」
私はぼんやりと顔を上げた。
青い双眼には怒りが宿っているように見えた。
「貴女はずっと私の前を歩いていた。貴族の娘として生まれて、祖父母に愛され、両親からも十分な愛情をもらってた。どれも私にはなかったものよ」
「そんなことないわ……!」
「私に何があると言うの?口だけで働かない自由人の父親と、頭のゆるい母親。ハンベルクのお祖母様たちには煙たがられて、両親は自分たちのことで精一杯で私なんて存在しないみたいだった」
「アマンダ、お祖母様たちは貴女のことを、」
「母の葬式で耳にしたの。ハンベルク子爵家と母の縁はとっくに切れているわ。母が反対を振り切って父と結婚した時にね。だから二人が死んでも私には一銭も入らない」
「なんてこと言うの!?」
心優しい祖父母の死を軽々しく口にするので、思わず声を荒げた。アマンダは気にする様子もなく、涼しげな表情で私を見ている。黙っていられなくて、私は口を開いた。
「そんな風に言うのはやめて。貴女だって私にないものをたくさん持ってる。いつだってアマンダの周りには人が居たわ。私なんかと比べる必要はない……!」
「ジャンヌ、分かってないわね」
「え?」
鋭い目に睨まれて思わず息を呑む。
「雲の上の金持ちの令嬢なんかまったく羨ましくないの。同じように生まれて同じように育った貴女が、私よりも幸せになることが許せないのよ」
「そんな………」
「だって何が違うの?私の母も小母様も同じ子爵家の娘だったわ。同じように結婚して私たちが生まれた。どうして貴女には伯爵令息との縁談が舞い込んで、私には来ないの?」
不平等じゃない、と言い切ってアマンダはイーサンと私を交互に見た。今やペチュニアは放心状態で床に座り込んでいる。
父ダフマンは何も言葉を発さず、ユーリもまた目を閉じていた。こんな話し合いを部外者の彼に見せているのは申し訳ないし、情けない。
「とにかく……私を恨むのはお門違いよ。アマンダが言ったことは私の夫と浮気して良い理由にはならない。貴女が犯した罪は償って」
「罪なんかないわ。強いて言うなら無知だっただけ」
あっけらかんとそう言って手を広げると、アマンダは口を閉ざしているペチュニアに声を掛けた。
「ヘルゼン伯爵夫人、良いですよね?」
「え……?えぇっ……?」
私は義母が戸惑いの表情を浮かべるのを見る。
「イーサン様の子供を身籠ったのは真実です。本当はクレモルンの養子として嫁入りしたかったけれど、仕方ないですね。私のことは歓迎してくださるでしょう?」
「なんで私が!」
「だって二人の子供なんです。婚外子はロゼリアの法律では厳しく罰せられますから、イーサン様にもきっと矛先が……」
困ったように眉を寄せてそう言うアマンダに、ペチュニアは目を白黒させていた。
イーサンにしてもアマンダにしても、私への謝罪の言葉などない。申し訳ないという気持ちがないのだから当然だろう。バレてしまったから開き直るだけ。
「………もう結構です」
私はゆっくりとアマンダの目を見据える。
「離縁は喜んで受け入れます。再婚でもなんでも好きにすれば良い。貴女が母を見殺しにしたのも貴女が言うように罪には当たらないんでしょうね。だけど……」
「なによ、」
「私の毒殺を試みたことは立派な罪よ。第三病院での検査結果とここに居るリンクス先生を証人として使わせてもらう。無知では済まされない」
「何を言ってるの……!!貴女のためを思って調合したの、殺す気なんてないわ!私は無罪なの!!」
頭が割れそうに痛い。
皆が皆、自分の好きなように弁解する。
真実は捻じ曲げられて、勝手な解釈で物事は進められていく。弱者の声なんて届くはずがないし、声を発したところで聞き入れられない。
俯いたままで黙っていた私の背中を誰かが軽く叩いた。目だけを動かせて手の主を探す。
「聞くに堪えない主張だな」
いつの間にか隣に立っていたユーリが言った。
アマンダの眉がわずかに動く。
「言い忘れていたが、リンクス兄弟への事実確認はもう済んでいるんだ。調書は騎士団の方で作成して今頃クリストフが中央裁判所へ届けている」
ペチュニアとイーサンの顔色がサッと変わった。
「待ってください!そんな一方的な……!」
「一方的ではない。人が死にそうになったんだから、原因究明するのは当然だ」
「この娘はうちの人間じゃありませんのよ!どこの生まれか分からない平民をヘルゼンに招き入れるなんて御免です!!」
「あぁ、同感だ!男爵家の養子になるって言うから目を掛けていたのに、まさか僕の妻を殺す算段だったなんて」
「今更他人事のフリをするの……!?」
先に部屋を出て行ったのは父ダフマンだった。私の隣を通る際に悲しそうに眉を下げて、足早に廊下へと消えて行く。
私は床に転がって時折呻き声を上げるマコーレイ・リンクスと、互いを詰り合う三人を見比べる。自分を陥れようとした人間の本性を目の当たりにして、改めて気持ちが沈んだ。「ここに居る必要はない」というユーリの声に、私は歩き出す。
部屋を出る際に、ユーリが後ろを振り返った。
「そういえば……二度目の場合は見逃してくれないんじゃないか?未成年でもない君がどんな判決を受けるのか、俺は興味がある」
わけが分からないというイーサンとヘルゼンの隣で、アマンダの顔だけが絶望に歪んだのを見た。私が問い掛ける間もなく、硬い表情のままでユーリは先を歩き出した。




