48 南部へ
「なるほどなるほど!つまりジャンヌ殿は従姉妹殿からもらった薬をずっと飲み続けていたけれど、それは蓋を開ければ薬などではなくルバーブの毒だったと……!!」
走り続ける車の中で、クリストフだけが饒舌だった。ユーリはハンドルを握ったままでまったく言葉を発しないし、私はと言うと毛布でぐるぐる巻きにされて身動きが取れない。逃げ出さないからそんな心配は要らないのに。
二人が病室に迎えに来てからというもの、もう三十分ほどは経ったが、状況はまったく理解出来なかった。
ユーリ曰く、私が今までアマンダからもらっていた薬は毒だと言う。だけどそこまでされる理由が分からないし、私が死んだからといって彼女に何かメリットがあるとは思えない。イーサンのことだけなら、直接打ち明けてくれれば良いのに。
「………やっぱり納得いきません。どうして毒を盛ったりしたのか分からないんです」
「分かろうとする必要はない。敵意を向けて来る人間を理解しようとしても、無理な話だ」
重要なのは、とユーリは前を向いて話し続ける。
「君が対峙しているその敵が想像以上に厄介だということ。このままヘルゼンに居続けるべきではないと俺は思う」
「でも、どうすれば……」
「転院してしばらく様子を見よう。ヘルゼン伯爵家には新しい医師から手紙を書かせる。再検査も必要だろうな。どういう理由か分からないが、結果を偽ったというなら君の担当医は何か事情を知っているのかもしれない」
「………!」
マコーレイ・リンクスの顔が浮かぶ。
検査結果を取り上げて、マコーレイは調剤に使うのだと言っていた。何か見せたくない情報でも載っていたのだろうか?ユーリが説明してくれたように私が毒を摂取していたというのなら、数値に表れていてもおかしくない。
リンクス兄弟とアマンダにどんな関係があるのだろう。ただ同じ場所で働いていたというだけで、医師という立場の人間が手を貸すとは思えない。
(どうしてなの、アマンダ………)
思い返しても頭を埋め尽くすのは笑顔の従姉妹の顔だけで、恨みや憎しみを向けられていると感じたことは一度もなかった。仲の良い姉妹のような二人だと、誰もが言ってくれた。アマンダ自身、イーサンと私の結婚を誰よりも喜んでくれたのに。
「だけどよく転院先が見つかりましたね。診察だけでも長時間待たされますから、王立病院はどこも空きがないのかと……」
「心配は不要ですよ。ユーリさんのご実家は、」
笑顔で切り出したクリストフの声に「その話は良い」というユーリの言葉が重なった。
「今回の件は関係ない。事情を話して病床を用意してもらっただけだ」
「あ、そうでしたか。だけどせっかくですし、お屋敷に寄られてはいかがですか?私の元にも何度か連絡が入っていますよ」
「出なくて良い。忙しいと伝えてある」
「しかし………」
腑に落ちない様子のクリストフには目もくれず、ユーリはただ前だけを見据えている。私は事情が読めずに首を傾げた。
これだけ助けてもらっているのに、私はユーリ・バレンタインのことを知らない。野菜を素材で楽しむ変わった人間だということは知っているけれど、その程度だ。
「あの、騎士団長様」
私はおずおずと声を掛けた。
「いろいろとありがとうございました。お二人を巻き込んで本当に申し訳ないと思います。いつかこのご恩は……」
「なにをおっしゃいますか!毒殺なんてなかなかない事件ですから、話を聞いた時は驚きましたし、不謹慎ですけどワクワクしました!」
「毒殺までは至ってないです……」
目を輝かせて拳を握るクリストフの前で私は遠慮がちに訂正する。鬼の団長とその参謀が同期というのは本当のようで、タイプこそ違えど旧知の仲ではある様子。
推理小説みたいですね、と興奮気味に感想を述べるクリストフを眺めていたら、ユーリに声を掛けられた。
「離婚はしないのか?」
「えっ?」
私は驚いて聞き返す。
こちらを見ないままで騎士団長は話し続ける。
「いや、夫は君の従姉妹と恋仲にあって、その従姉妹は長い間計画的に君を殺そうとしていたわけだろう。俺なら二人と縁を切る」
「……お話したはずです。簡単な話ではありません」
「父親が心配なのか?」
「はい。それに、我が家にアマンダを受け入れたのは亡き母の意思です。直接会って、理由を問いたいです」
ユーリはミラー越しに驚いたような顔でこちらを見た。静かな車内ではクリストフの大きな欠伸と、窓の外の虫の鳴き声ぐらいしか聞こえない。
乾いた声でユーリは笑った。
「君は本当に悪妻に向いていない。言ったはずだ。信じればバカを見るだけだと」
「分かっています。ですが、善悪の最終的な判断は、自分で付けたいんです。アマンダに向き合って、話し合いたい」
「少なくとも、今じゃない」
それっきり、誰も何も言わなかった。
車が第三病院に到着したのは日付が変わる少し前のことで、私は荷物を下ろしてくれたクリストフに礼を言って、別れた。ユーリは結局運転席から降りて来ず、来た道を戻って行く車をせめてもの思いで最後まで見送った。




