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お望み通り、悪妻になりましょう  作者: おのまとぺ
第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻
50/82

49 ルバーブ



 転院先のロゼリア王立第三病院での私の扱いは、第一病院でのそれとはまったく違った。


 初めこそ同じように一通りの検査を受け、病室で結果が出るのを待っていたわけだが、出された昼食を食べている最中に現れた初老の医師は、凄まじい形相で息を切らしていた。



「あぁ……なんてことだ、信じられない」

「え?」


 私はパンを片手に口の中のものをなんとか呑み込む。この初対面の医者がここまでの道中をかなり急いで来たということは分かった。


「事前の報告で毒を投与されていたとは聞いていましたが、検査結果を見て目を疑いました。正直言って、生きているのが不思議なくらいです……」

「一週間ほど入院になりますか?」

「一週間?とんでもない!」


 一ヶ月は様子見をする必要があります、と真顔で言われたので、私は驚いて言葉に詰まった。


 一ヶ月も南部で過ごせば、それこそアマンダの思う壺ではないか。邪魔者が消えて彼女は好きにイーサンに会いに行けるし、義母あたりも厄介者を追い出せて清々しているかもしれない。


 宝石店のことが益々心配になる。

 やっと知識が溜まってきたところだというのに、一か月も仕事からは離れてしまえば、店の状況が把握できない。洋裁店のコリーナ・マドルガに報告したいこともある。


「一度だけ、外出は可能ですか?」


 おずおずと尋ねると、医師は卒倒しそうな勢いで目をひん剥いた。


「あり得ません!ここは病院で貴女は病人です。それもただの病人じゃない、体内に毒が蓄積された病人です。しばらくは毒抜きのために私たちの指示に従ってください」


 さもないと死にますよ、と言い切る白髪の男を見て、私は押し黙った。それほどまでに酷い状態なのだろう。紙面上に並ぶ数値についてはよく分からないが、ユーリや医者の反応からしてあまり楽観的に考えるべきではないのかもしれない。


「その……ルバーブの毒というのはどれほど大変なのでしょうか?」

「ルバーブ自体が毒性というわけではありません。根や茎はその独特の酸味からジャムなどに調理して食されます。問題は、ルバーブの葉です」

「葉……?」


 私の前で医者は大きく頷いた。


「ルバーブの葉には、シュウ酸などの有毒成分が含まれます。少しの量では即死とはいきませんが、面倒なことにこの成分は身体の中に残り続ける」

「解毒できるのですか……?」

「試してみないと分かりません」


 そう言って肩を落とす男を前にして、私は自分がどんな反応をすれば良いか分からなかった。


 今になってようやく、事故で死ぬ前に宿舎で聞いた二人の会話が理解できる。


 イーサンとアマンダは、私がいずれ死ぬことを知っていた。私の忙しさを理由にアマンダが届けてくれていた諸々の薬のどれか、もしくはすべてが、私を殺すための毒だったのだ。感謝を述べて、痛みを癒すために摂取していた薬が、毒だった。


(…………どうして、)


 殺さなければいけなかったのか?

 死ぬぐらいなら、潔く身を引く。父の雇用を保証してくれるなら、私はどうだって良い。浮気されて捨てられても、従姉妹に夫を取られても別に良い。


 ボロボロと泣き出した私を見下ろして医者は「悲観すべきではない」と慰めの言葉を掛けて、部屋から出て行った。


 もう、感情が追い付かない。

 ヘルゼン伯爵家の中で生き残るために、二度目の人生では積極的に行動した。商会のことを学んで、夫にも献身的に尽くそうとした。自ら他人と関わって、自分を変えようとしたのに。


 私の敵はいったい何だったのだろう。

 この復讐は、誰を標的にしたら良いのか。


 アマンダに会って話をしたい。

 私の方から二人の関係を認めて、離縁を申し出たら満足だろうか。毒殺なんて物騒な真似はせずに、穏便に離縁してあとは好きに進めてほしい。


 今まで私が復讐に燃えていたのは相手がペチュニアやイーサンといったヘルゼンの人間だったからだ。アマンダを憎みたいわけではない。実際、今の状況だって完全には受け入れられない。


 だけど、私が離縁したら父はどうなる?


 これまで通り、ヘルゼン商会の中でバッカス・ヘルゼンの右腕として雇ってもらえるだろうか。私の離縁は父の仕事には何も関係ないのだから、できればそうしてほしい。


 しかしながら、今まで以上に立場は弱くなるだろう。婚姻によるクレモルン男爵家とヘルゼン伯爵家の絆はもうなくなってしまうのだから。


 父ダフマンはきっと何も不満は言わない。

 私が「離縁したい」と言えば、ショックこそ受けるものの最後には受け入れてくれるはず。アマンダとの再婚のためだと知ったら、複雑な思いにはなるだろうけれど。



「お母様……今度も幸せにはなれそうにないわ」


 目を閉じて両手で光を遮る。

 声を押し殺して、私は泣き続けた。



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