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お望み通り、悪妻になりましょう  作者: おのまとぺ
第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻
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47 ストレス



「え、ストレスですか……?」


 マコーレイ・リンクスは茶色い口髭を生やした中年の男で、昼頃にようやく検査結果を持って私の部屋を訪れた。小さな数字が並んだ紙の内容は分からないものの、医者の説明は理解することが出来る。


「はい。ヘルゼンさんの場合は、明確な原因があるわけではありませんでした。検査結果はいたって正常です。強いて言うなら、心性のストレスかと」

「病気ではないということでしょうか?」

「そうですね。今すぐ治療すべき場所はありません。十分な食事と睡眠で改善されます」

「…………良かった」


 安堵の声が出て、自然と力が抜ける。

 何かとんでもない病気にでも罹っていたらと不安だったので、単なるストレスと分かって安心した。ヘルゼンの屋敷は確かにストレスを溜める上で他にはないほど適した場所なので、当然の結果だろう。


 夜に来てくれる父にも報告しよう。きっとすごく心配しているし、急な入院で何事かとあたふたしているに違いないから。


「明日にでも退院は可能です。どうしますか?」

「あ、週末まで掛かるというお話でしたが……」

「結果を見た限り、これ以上に悪くなるとは思いません。お急ぎでしたら、ヘルゼンさんの方でお決めください」

「分かりました」


 検査結果を片手に呆気に取られる私の手から、するりと紙が抜き取られた。


「こちらは薬を処方する上で必要となるので預かります。何か質問があれば私を呼んでください」

「ありがとうございます、先生」


 静かに頭を下げて出て行く白衣の男を見送る。どんな医師が来るのかとドキドキしていたけれど、簡潔に説明してくれる良い人で良かった。


 安心したせいか睡魔が襲って来たので、私は目を閉じてベッドに身を預けた。心地良い眠気が足の指先から全身に回っていく。


 良かった、本当に。





 ◇◇◇





「ジャンヌ・ヘルゼン、起きろ」


 その遠慮の欠片もない声は、まどろんでいた私の意識を深い海の底から引き上げた。まだ全然眠り足らないし、瞼は自然と落ちて行く。


「クリストフ、荷物を運び出してくれ。彼女が起きたらすぐに移動させるから何も残す必要はない」

「了解です!」


 ベッドの周辺で人が動き回る気配がする。

 私は慌てて飛び起きた。


「なんですか………!?」

「あ、ジャンヌさん。お久しぶりです!」

「お久しぶりです……って、それは私の鞄です!それにどうしてクリストフさんがここに、」

「俺が呼んだ」


 目を向ければすぐそばで腕を組んだまま険しい表情のユーリが立っている。いったい何事かと私は矢継ぎ早に質問を繰り出した。いつからいたのか、何故クリストフもいるのか、などなど。


 しかし、騎士団長は窓の外を睨んだままで苦々しい顔を続けている。「団長様」ともう一度問い掛けると、やっとこちらを見た。



「君はいつから従姉妹に薬をもらっていた?」

「え?」

「父親も同じ薬を飲んでいるのか?」

「わ、分かりません……父に確認しないと」

「どうして何も疑わなかった?」

「疑うって、」


 どういう意味ですか、と尋ねる私の方を黙って見つめたままで何度目かの溜め息を吐く。人の顔を見ながら溜め息を吐かれると流石に良い気はしないので、私は詳しい説明を求めて立ちあがろうとした。


 しかし、ずっと眠っていたためか手脚に上手く力が入らず、倒れ掛けた上半身をユーリの腕が支える。お礼を言うために顔を見上げて、息を呑んだ。


 誰の目が見ても明らかに、怒っていたから。


「今から言うことは確認や相談じゃなく、決定だ。君はこれからこの第一病院から南部の第三病院へ移る。ヘルゼンには明日連絡を入れる」

「ど、どうしてですか?先生は明日にでも退院出来るとおっしゃって、」

「最低でも一ヶ月は安静にするべきだ」

「えっと、団長様……何か勘違いしていませんか?お騒がせしましたけれど、原因はただのストレスです。色々と考えすぎて弱ってたみたいで」

「ストレス?」


 安心させるために明かしたのに、ユーリはさらに厳しい顔で「あり得ない」と一蹴した。


 がらんとした部屋の中で、私は自分のことで目の前の男が私以上に怒りの感情を露わにしている理由が理解できなかった。鬼の騎士団長ともあろう人間が、らしくない。


 開きっぱなしの窓から強い風が吹き込んで、テーブルの上に置いていた赤い花が、大きく揺れた。



「君が飲んでいたのは薬じゃない、毒だ」


 言い聞かせるみたいな口調に、自分の耳を疑う。

 硬い表情は冗談を言っている風ではない。


「え………?」

「正確に言うと薬をベースにして毒の成分を足している。上手く考えられていると思うよ。服毒してもすぐには死なない程度に量も調整してある」

「な、なんの話をされているんですか……?」

「君が飲んでいた薬の話だ」


 理解できなくて、思考は止まっている。

 理解したくないのかもしれない。


 線を結びそうになるいくつかの可能性から目を背けたくて、ぎゅっと瞼を閉じた。きっと何かの間違いだと思う。夫が私以外の女に恋をするのはあり得ない話じゃない。だけど、誰かに毒を盛られるなんて、そんなこと………


「検査の結果、ルバーブの葉の成分が検出された。あの薬は痛みを癒す良薬なんかじゃない。明確な悪意をもって作られた、君を殺すための毒だ」



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