46 見舞い
翌日、簡単な採血などの後に部屋を訪れて来たのは、思わぬ人物だった。偶然一緒になったの、とヘルゼン伯爵家のメイド長であるメルトン・リュシーを伴って、軽快な笑い声が病室に入って来る。
「ジャンヌ、本当に心配したの。大丈夫……?」
「あぁ、奥様。こちらのアマンダ様と病室の前で鉢合わせまして、譲り合いをするうちに二人で入りましょうというお話になり………」
「大丈夫です。忙しいのに来ていただいてすみません。お屋敷のことは、」
「心配し過ぎよ、少しは頭を休めないと!」
メルトンが何かを言う前に、アマンダが割って入った。
「入院しているんだから患者らしくゆっくり眠っていて、ジャンヌ。なんだか酷い顔色ね、目の周りなんかお化けみたいだわ」
「それはたぶんお化粧が、」
「大丈夫、安心して!きっとすぐに良くなるから。担当医がリンメル先生だって聞いたの」
「知り合いなの……?」
俄かに信じがたい気持ちで聞き返す。
ユーリの話が本当であれば、マコーレイ・リンメルの兄は、アマンダが相談を勧めてくれた第三部隊の隊長。薬の件もあったので、何もかも疑ってしまう。
アマンダは一瞬黙り、すぐに吹き出した。
「やだ、ジャンヌったら!ずっと何年も病院で働いていたんだから、医師の名前ぐらい覚えているわ。リンメル先生は本当に腕が良いのよ。なんでも知っているし、幅広い知識があるの」
「………そうよね」
「不安になる気持ちも分かるけれど、落ち込みすぎないで。小父様も夜にはいらっしゃると思うから、元気を出してね!」
励ますように私の肩を叩くと、アマンダはメイド長のメルトンとすぐに話し始めた。何度かヘルゼンに来たことがあるから、二人に面識があるのかもしれない。
まだ、病院から検査結果は受け取っていない。こうしている間にも時間は進むし、入院している時間は宝石店には立てない。コリーナ洋裁店から何か連絡が入っていたらどうしよう。
そわそわと思いを馳せていたら、脳内でペチュニアの言葉が浮かび上がった。
頑張りすぎ、張り切りすぎ。
他人から見た私はそう映っているのだろうか。一人で勝手にいろいろと画策して、良かれと思って満足しているのは自分だけ?
大丈夫だからと誰かに背中を押して欲しい。間違えていないと言って欲しい。お母さんが生きていたら、もしかしたら……
「ジャンヌ、怖い顔をしているわ」
アマンダの声で我に帰った。
「どうしたの?何か不安があるなら私に打ち明けて。イーサン様やヘルゼン伯爵夫人に言えないことでも、私がいつだって聞くから」
「まぁ……お二人は本当に仲がよろしいんですね。屋敷での奥様の苦労は私も存じ上げています。陰ながら心配しておりましたが、アマンダ様がいらして私は少し安心しました」
ほっとしたように微笑むメルトンを見る。
今、どんな顔をしたら良いか分からない。
「ジャンヌは命の恩人なんです」
気持ちの入った声を聞きながら、叫び出さないように堪えるのが精一杯だった。夫の部屋にあったイヤリングのことを今すぐに問いただしたい。だけど、中途半端な証拠を提示しても損をするのは目に見えている。
アマンダは私の方へと向き直って、だらりと垂れた手を取った。
「両親亡き後、ジャンヌと小父様だけが私の家族でした。友達や従姉妹なんかよりもっと、もっと、私たちは強い絆で結ばれているんです」
「お気の毒に……ご両親を失われているんですね」
「はい。だけど悲しくはありませんでした。クレモルン男爵家の家族のおかげです」
「あぁなんと、素晴らしい関係ですね」
感心したように頷くメルトンの傍で、私は自分の心がどんどん冷めていくのを感じた。
「アマンダ、聞きたいことがあるの」
気付けば言葉は口から転がり出ていた。
私はこちらを見つめる青い目を見据える。
「いつもくれていた胃薬は、どうやって手に入れていたの?勤務先で譲ってもらったって話だったでしょう?」
「ジャンヌ……どうしたの?事務として働いていた時に調剤担当の人と親しくなったからツテがあったのよ。そんなに怖い顔をしないで」
「何ていう人?この病院にまだ居るの?」
尚も質問を重ねると、アマンダは困ったように首を振って短く溜め息を吐いた。
「良かれと思って貴女に渡していたの。合わないなら飲まなければ良いのよ。分かるでしょう?」
「そうだけど……」
「ジャンヌ、いろいろと大変だと思うけれど私は貴女の味方なの。それだけは忘れないで」
結局、アマンダとメルトンはその後三十分ほど会話を繰り広げ、私の部屋を去った。メイド長が置いて行ったフルーツの入ったカゴの隣には、アマンダが持って来た小さな花束がある。
窓から入って来た風が、そよそよとカーテンを揺らす。冬に差し掛かる薄暗い部屋の中で、赤いシクラメンの花はよく目立っていた。




