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お望み通り、悪妻になりましょう  作者: おのまとぺ
第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻
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45 悪妻の才能



 目が覚めたら病院だった。



「ジャンヌ、ごめん。君がここまでいろいろと頑張っているとは知らなかった。母さんには僕の方から言い聞かせたよ。しばらく家のことはしなくて良い」


 イーサンが心配そうな顔で私の手を取る。夫に心配されるなんて思ってなかったから、優しい言葉に心が揺れた。


「イーサン………」

「それから、これは今言うことじゃないんだけど、実はアマンダが僕に気があるみたいなんだ。部屋に押し掛けて来たことがある。だけど、僕は君の夫だからどうか安心して」

「嘘……嘘でしょう?本当に……?」


 信じられない思いで手を伸ばす。しかし、何度伸ばしても私の手はイーサンの腕を掴まず、虚しく空を切るだけだった。愛しむような笑顔を浮かべたままで、イーサンは動かない。


 立ち上がって近付きたいのに身体が鉛のように重い。やっぱりすべては私の誤解だったのかもしれない。まだ決め込むには早かったのだ。あれは二度目の浮気なんかじゃなくて、ただ……




「ジャンヌ!」


 甲高い大きな声に、脳が痺れた。


 ぼんやりと瞼を開ければ、真っ先に目に入ったのは脚を組んで座るペチュニアの姿。その隣には宿舎から駆け付けてくれたのか訓練着姿のイーサンが居て、呆れたようにこちらを見ていた。


 呆然と瞬きを繰り返す。

 先ほどまでの光景とは随分と違う。


 夢だったんだ、と気付くまでそう時間は掛からなかった。私は、私が掛けて欲しい言葉と、こうあってほしいという展開を夢見ていただけ。


「君が倒れたと聞いて驚いたよ。僕の訓練が終わるまで宿舎で待ってたなんて……団長から聞いたときは驚いた」


 なるほど、ユーリは上手く説明してくれたようだ。私は痛む頭を押さえつつ、窓の外へ目を向けた。すでに日は沈んでいる。


「検査のために二、三日入院が必要らしい。マコーレイ・リンクス先生が君の担当だ。僕たちはまた週末に会いに来るから、よろしく頼む」


 イーサンは一方的に手を握って頷いた。

 私は黙って首を縦に振る。


「あぁ、ジャンヌ……どうして貴女はいつだってこうなのかしら?頑張りすぎだと私は心配したでしょう。少しは他人の意見に耳を傾けるべきよ」

「………?」

「だってそうじゃない。ここのところバッカスの仕事にやけに口を出すし、何か作ってはイーサンに届けたり……張り切りすぎだわ」

「……そう見えましたか?」


 ええ、と答えてペチュニアは溜め息を吐いた。


 それ以上もう何かを言い返す気にはなれず、私は黙っていた。夫と義母は時計を見て「そろそろ時間だから」と慌ただしく部屋を出て行ったが、顔を上げる気力も起きなかった。


 すべては私の頑張りのせい。

 イーサンもペチュニアもそう思っているようだ。謝罪どころか、体調を心配する声すらなかった。張り切りすぎた故の自業自得だと。



 ただただ、虚しくなる。




「………何のために生きれば良いの?」


 悔しくて、悲しくて、涙が出た。

 どうして結婚してしまったのだろう。一度は断ったのに、父ダフマンの説得で私はそれを取り消した。アマンダのためにヘルゼンからの融資を得る必要があった。


 だけど、どうだろう。

 蓋を開けてみれば、大切な従姉妹は夫と浮気をしている。彼女たちからしたら私は滑稽な道化に映ったはずだ。ヘルゼンのために走り回るバカな道化。


 ポロポロと涙が溢れて、シーツの上にシミを作っていた。大好きな父親のために綺麗にヘルゼンと決別したい。だけど、現状はそんなに簡単な話ではなく、確実な浮気の証拠は手に入らない。


 真っ白な頭で流れ落ちる涙を眺めていたら、ノックの音が響いた。あたふたと頬を拭って返事をする。



「入って良いか?」


 驚いて顔を上げるとユーリが顔を覗かせていた。私はもう一度目の周りを袖で拭って、大丈夫だと答える。


「忙しいところ悪い。君の荷物を届け忘れていた。病院まではヘルゼンの家の方たちが送迎してくれたんだ。二人とも驚いていたよ」

「上手く話してくれたようで……ありがとうございます。色々と迷惑をかけてすみません」

「もう帰ったのか?」


 イーサンとペチュニアの姿が見えないことに気付いたのか、ユーリは周囲を見渡す。私は彼らがまた週末に来てくれるということを伝えた。


 助けてくれた騎士団長には悪いけれど、今はどうしても気持ちが下を向いてしまう。自分がしていることがすべて無意味で、時間の無駄なのではないかとすら思えた。


「第一病院には優秀な医者が多い。きっとすぐに原因を突き止めてくれるはずだ。担当の医師は?」


 私は記憶を頼りに、マコーレイ・リンクスという名前を伝えた。詳しいことが分かるまでの一時的な担当医らしいが、今日はもう遅いから明日にでも診察があるのだろう。



「リンクス……?」


 何か思うところがあるようにユーリは眉間に皺を寄せる。私は不思議に思って理由を聞いてみるも、彼にしては珍しく迷いを見せた。


「いや、君が気にすることではない。いずれ分かることだと思うが、その医者は騎士団の部隊長アルディン・リンクスの兄弟だ。ヘルゼンが所属する第三部隊の部隊長だよ」

「それは……夫の上司ということですか?」

「ああ。そういうことだ」


 フッとアマンダとの会話が脳裏に浮かんだ。


 私がヘザーとイーサンの仲を疑っていたとき、従姉妹は彼女なりのアドバイスをくれた。病院で知り合ったとされる部隊長リンクスに頼れば良いと。


 イーサンはアマンダとリンクスの仲を知っているのだろうか。二人が知り合いで、リンクスの兄が私の担当医に今任命されている。偶然に?



「出過ぎた真似だとは思うが、一つ確認したいことがある」


 思考中の頭の上から降って来た声に、私は視線を上げた。エメラルドグリーンの瞳が何かを疑うように揺れている。自分の懸念を伝えて良いか分からないまま、どうぞと先を促した。


「服用していたという薬を調べたい」

「え?」

「君が飲んでいた薬だ。話を聞いた限りでは、第一病院から盗み出された可能性が高いが、念のために照らし合わせておく」

「しかし、もう残りは………」


 言いながら受け取った鞄の中を引っ掻き回していると、手帳の隙間から一包、ピンク色の粉薬が発見された。私はそれをユーリへと手渡す。


「合わない薬を飲み続けたら不調を来たすことがある。今後は病院から処方されたものだけを飲むようにした方が良い」

「………分かりました」


 私は小さく頷いた。

 きっと彼だって暇ではないはずなのに、こうして諸々の手伝いをさせていることを申し訳なく思った。巻き込むつもりはなかったのに、いつの間にやら迷惑を掛けている。



「あの、」


 去って行く背中に声を掛けると、ユーリは怪訝そうな顔で振り向いた。


「いろいろと手を借りてすみません…… 貴方は関係ないのに、巻き込んでしまって……」

「君は俺の頼み事をやり遂げてくれた。こちらも協力するのは当然だ。それに、」


 呆れたように笑って、ユーリは口を開く。


「君は悪妻の才能がない。見てられないから、少しは口出しさせてくれ」


 びっくりして目を丸くする私の前で、病室の扉はピシャンと閉まった。



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