44 エーデルワイス
「なるほど、それで君は医師免許もない従姉妹から薬を受け取っていたと。彼女が事務として勤務し始めたのはいつから?」
「………二年ほど前です」
長い溜め息が部屋の空気を揺らす。
あまりの居心地の悪さに、今すぐ帰りたいぐらいだ。ユーリの考えも分かるものの、これは完全に私の問題であって彼の頭を悩ますことではない。
と……思う。
「ええ、無知でした。今日病院に行って初めて知ったんです。アマンダもきっと悪気はなかったと思います。私の前でちょっと見栄を張ろうとしただけで、」
「見栄?どんな?」
「だから、病院で働く自分にはメリットがあるんだと私に自慢したかったんでしょうね」
言いながら言葉は尻すぼみになった。腕を組んだまま話を聞くユーリはまったく笑っていないし、どちらかと言うと怒りすら感じる。
つまり、簡潔にまとめると、アマンダは病院の薬を勝手に持ち出していた。胃薬や頭痛薬など一般的に家庭で必要とされるものなんかを一定量くすねていたようだ。
「あの……服用した私も同罪ですか?」
「君がそこまで馬鹿だと思いたくない」
「ですよね……同感です」
しかしこれに関しては自分も恩恵を受けていた節があるので大声で糾弾できない。なんなら父ダフマンあたりも風邪薬を受け取ったことがあるはず。
私は自分の無知さを恥じつつも、早く次の話題に移ることを願っていた。私の体調なんてユーリが心配することではない。
「あ、ところで陛下の件ですが……」
恐る恐る発言すると、騎士団長はハッとしたように顔を上げた。部屋の入り口へと目を遣るのでこちらもつられて顔を動かす。
「えっと、鍵は閉まっています」
「あぁ。続けてくれ」
腕を組んで俯いたまま、返答があった。
私は自分が見聞きして仕入れた情報を頭の中で一度組み立てて、口を開いた。確実性はないけれど、今のところこれ以外の方法が思い付かない。
「エーデルワイスの花に肺や肝臓に対する薬効があるのはご存知ですか?」
「………花?」
「はい。今更そんな旧式な方法をと思うかもしれませんが、私の記憶が正しければロゼリアの王立研究所が点滴による合併症のリスクを減らす研究を進めているはずです」
一度目の人生と同じであるなら。
様々な弊害があることを懸念して敬遠されがちな点滴治療を、より安全にするための研究がすでに進んでいるはず。何故なら、ヘルゼン伯爵はその成功によって一命を取り留めたのだから。
仕事先で倒れたバッカス・ヘルゼンは心臓の病気を患っていることが発覚した。だけど、当時一般化されていた薬剤の継続的な直接投与によって症状は安定し、最悪の事態は免れたのだ。
「人工的な薬を受け付けないなら、自然由来の植物に頼ってみるのはいかがでしょうか。試してみる価値はあると思います」
「花の成分を点滴で投与しろというのか?」
「はい。もちろん、お医者様に確認を取っていただく必要はありますが………」
自信があるわけではない。
絶対に大丈夫とは言い切れない。
だけど、今の私にできる提言としてはこれが精一杯だった。義父の命を救った手法と祖母が教えてくれた薬効のある植物を組み合わせることで、解決策になるのではないかと踏んでいた。
「………ごめんなさい。絶対とは言えません。団長様の望む結果が得られなかったら、」
「いや、分かった。すぐに手配する」
ユーリは厳しい顔で「少し席を外す」と断ると部屋を出て行った。私は静かな部屋の中で一人、考えを巡らせる。
役に立ちたいと強く思う。
自分の復讐のためではなく、願わくば誰かを救うことができたら、死に戻った意味もあるのではないかと。
「…………っ、」
気持ちが落ち着いたからか、またお腹の痛みがジワジワと戻ってきた。夜までにはヘルゼンの屋敷に帰る必要があるから、バスに乗れそうになければタクシーを捕まえた方が早いかもしれない。
それにしても、本当に厄介な身体だ。母も父も病弱ではなかったし、私自身幼い頃から大きな病気をしたことはない。前回の人生でも体調を崩しがちだったのはヘルゼンに嫁いでからだから、ストレスによる影響が大きかったということだろう。
「待たせてすまない。調子が悪いのか?」
部屋に戻ってきたユーリが驚いたように言う。
「いえ、大丈夫です。今日はもう……帰ります」
「分かった。車を呼ぶから君はここで、」
声を聞きながら、ふわっと身体が軽くなる。
ひっくり返ったと分かったのは、先ほどまで見えていた床が天井に変わったからで、起き上がることは出来ないままに私は意識を手放した。




