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お望み通り、悪妻になりましょう  作者: おのまとぺ
第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻
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35 日記帳



 失くしたはずの忘れ物が戻って来たのは、意図せぬタイミングだった。


 騎士団におけるイーサンの監視を頼んでいたクリストフ・ピボットに、焼きたてのドーナツを差し入れがてら、進捗を伺いに上がったある午後のこと。



「………どうして同席されるのですか?」

「クリストフの上長は俺だ。構わなくて良いから、話を進めてくれ」


 そう言ってふいっとそっぽを向くユーリを見て、私は内心ヤキモキしていた。せっかく客間で落ち合うことが出来たのに、これでは自由に話が出来ない。


 肝心のクリストフはというと、ドーナツを両手に満面の笑みで「それでなんの話でしたっけ?」と言い出す始末。私は混乱しながら、クリストフの隣に座るユーリを見据えた。


「団長様、個人的な話なので……」

「そうか。じゃあ、俺も個人的な話をしたい」

「はい?」

「クリストフ、少し席を外してくれ。四時からの会議までには切り上げる」

「了解であります!」


 綺麗な敬礼をして去って行くクリストフ・ピボットを見送りながら、私は開いた口が塞がらなかった。壁に掛かった時計は三時少し過ぎを指している。私はクリストフに会いに来たのだ。この鬼上司に会いに来たわけではない。



「どういうことですか!?」


 扉が閉まるなり、思わず大きな声で叫んだ。

 以前のように宿舎の外で待ち続けていたわけではないし、説教を受けるような謂れはない。休日に雨宿りさせてもらった恩はあるものの、個人的な話なんて交わす仲ではないはず。


「私はクリストフさんと話したかったのです。彼に頼んでいたことがあって、」

「それは復讐の関連で?」

「………は?」


 ビックリして身体が固まった。

 中途半端に乗り出した顔の前に、ユーリが何かを取り出して見せる。よく見慣れた茶色い革の手帳。


 私が失くした、あの日記帳。



「これは君の落とし物だろう?」

「なんで……貴方が、」

「先日帰る際に鞄の中身が散らばったから、きっとその時だ。掃除婦が見付けて、俺の元に届いた。表紙に名前がなかったから中身を拝見させてもらったが、随分と興味深い内容だったよ」

「………返してください、貴方には関係ない」


 手を伸ばしたが、手帳はあっけなく私の指を擦り抜けて高い場所へと移動した。苛立ちが募って、澄ました碧眼を睨み付ける。


「もう一度言います。貴方には、関係ありません」

「死に戻ったというのは本当か?」

「…………っ、」


 あぁ、最悪だ。

 どうして私は勢い余って書き連ねたのだろう。イーサンの浮気が発覚して正気ではなかったとはいえ、日記を落とせば誰の目に入るか分からないのに。


 必死で言い訳を考える。どこまで詳細に書いたか分からないけれど、未来を想像して日記を書いていたことにすれば良いかもしれない。ちょっと気が触れた頭のおかしい女として、呆れる程度で済むかも。


「あの、団長様……実はこれは私の未来日記なのです。この通り家に籠るばかりの毎日だから、暇で暇で仕方がなく………」

「そうか。君の手帳によると、イーサン・ヘルゼンが第三部隊の隊長になるのは三年後のことだが、かなり先のことまで想像しているんだな。感心したよ」

「………ええ。夫の出世を願うのは妻として、」

「国王陛下が崩御するのも君の願いか?」


 私は、気が触れた女を演じるために敢えて貼り付けていた馬鹿みたいな笑顔をやめた。


 ロゼリア国王、マイセン・ファウストの死。

 そう、これは約一年後に訪れる大きな分岐点だ。


 国民の父を失ったことでロゼリアは国としての安定を失い、国内では内乱がしばしば巻き起こる。それを鎮圧するために騎士団が出兵し、イーサンは隊としての功績を認められて副隊長に昇進する。実際のところ、彼自身がどんな働きをしたのかは明かされなかったが。



「何が望みですか……?お金はありません」

「金に興味はない。俺に協力してくれ」

「協力?」


 私は聞き間違いかと思い、顔を上げた。

 ユーリは真面目な顔でこちらに手帳を差し出す。


「君の予測通り、マイセン国王はもう長くない。これは王宮でも一部の人間しか知らないことであって、口外は禁止されている」


 手帳を受け取りながら私は頷く。


 国王の死因は何だったっけ。

 父ダフマンとそう変わらない年齢だったはずだから、寿命というわけではない。国内が混乱したことでそれどころではなかったけれど、何か病気でも患っていたのだろうか。


 短い溜め息が聞こえたかと思うと、私の頭の中を読んだように、ユーリが「肝臓の病気だ」と言い添えた。


「腕の立つ医者を探している。ロゼリア国内ではもう当てがない。周辺の国を順次回って行く予定だが……思った以上に病気の進行が早いんだ」

「そんな………」

「薬剤は受け付けない。いろいろと試してはみたが、医者曰く身体が弱っているせいで拒絶反応が出ていると」


 そこで、とユーリは私の目を見た。

 冷や汗が額から噴き出るのを感じる。


 今なら分かる。きっと初めてユーリと対面した日、彼に詰められていたクリストフはこんな気持ちだったのだろう。


 私の心配を他所に、ユーリは優しく微笑んだ。



「未来から来た君に協力を仰ぎたい。国王陛下の命を救ってくれ」



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