第399話 嘉兵衛は、高瀬姫を養女とする
永禄9年(1566年)11月下旬 尾張国古渡城 松下嘉兵衛
京から小野但馬守殿が主である肥前守(井伊直親)殿の書状を携えてやってきた。まずはご一読をというので中身を改めて見たのだが、その内容は高瀬姫を俺の養女として、北畠左少将殿に嫁がせたいという事だった。
「それにしても、側室にしてくれだの養女にしてくれだの……誠にせわしい話だな……」
「その点は我が殿も誠に申し訳ないと仰せられておりまして、京にお帰りになられた際には改めて埋め合わせをしたいと。それで如何でしょうか?」
ちなみに、その埋め合わせの内容とは……「ここでは話せない接待を」という事だった。
「但馬守殿、おとわは京にいるから、安心してお話しいただいても……」
「わかっておられませぬな、少将様。おとわ様の事ですから、おそらくは手の者を身近に潜ませて、逐一報告を受けているはずですよ」
「え……?」
「例えば、先程この部屋に茶を持ってきた侍女。もしかしたら、この天井の裏か床の下に潜んでいるやも……」
「嘘だろ、いくらなんでもそんなはずは……」
しかし、そう口にしたのとほぼ同時に天井の板がドタバタと音を立てて揺れた。
「や、やばい。そ、それじゃあ……」
城下の遊郭で遊んでいた事や和歌山城下に作る完全会員制のノー〇ン天ぷら店の事も全部バレているってこと!?馬鹿な……いくらなんでも、そのような事は……。
「少将様?……少将様!」
「あ……すみません。それで何の話でしたっけ?」
「では、もう一度確認しますが、高瀬姫は貴殿の養女にした上で北畠家へ嫁ぐ。ご異存はありませんよね?」
「わ、わかった。俺にとっても側室よりも養女にして他所にやった方が長生きできそうだからな。承諾したと肥後守殿に伝えて頂きたい」
もっとも、さっきの話がバレたら、長生きどころか高瀬姫を養女に迎えるより先に命を落としそうだが……それでも、この話は俺にとっても北畠家との関係を強化するというメリットがある。断る理由など全くないというわけだ。
「あと……ここでは話せない接待は軽めで構わないと肥後守殿に……」
「日和りましたか。これは些かがっかりですな」
「う、うるさい!おとわの恐ろしさは、幼馴染の貴殿なら承知しているだろ!」
「そうですね、それはよく。では……舞妓さんの代わりに見目麗しい美少年たちを大勢呼んで……」
「それは流石に止めてくれ。そんな事をすれば、尾張殿が取り逃がした例の女絵師にある事ない事を描かれてしまうからな」
「ああ、なるほど。それもそうですなぁ」
そう言いながら、俺は但馬守殿と共に笑った。何だかそれは、井伊谷では当たり前だったはずの懐かしいような感覚がした。
「……それで話を元に戻すが、婚礼はいつ頃の予定で?」
「来年の夏に京で執り行うことで話を進めております。ただ、その前に建て前とはいえ少将様の娘となる以上、高瀬姫は松下屋敷に入って頂くことになります。そこで……」
「なるほど、その頃合いを見て俺も京屋敷に居ればいいのだな?」
「いえ……少将様にはその期間、できれば紀伊にご滞在いただけたらと」
「なんで!」……と思わず声を荒げたが、但馬守殿は高瀬姫が美少女だから、俺が手を出すのではと肥後守殿が心配していることを理由に挙げた。婚礼を前にお腹を大きくされたら、井伊家としても面目丸つぶれだからと。
「おい!」
「ふふふ、冗談ですよ。仮にそうなった場合は、おとわ様の気性を思えば今度こそ間違いなく仕留められますから、そんな事にはなりませんよね?」
う……そう言いながらも、但馬守殿の目は明らかに疑っていた。だから、手を出さない自信が持てずに俺は、「その間は紀伊に留まって虎松の手伝いをする」と答える事にした。
「おや?虎松様のお手伝いとは……」
「いやね、領主の仕事が大変そうだからね」
「お待ちを。その領主の仕事とやらは、そもそも少将様の仕事では?」
ああ、そういえば……あの子があまりにも当たり前のようにこなすから忘れていたけど、確かに領主の仕事は俺の仕事だったな。だけど、果たして俺にできるのかな?こちらの話も自信が持てないな……。




