第397話 上野介は、今川の未来を憂う
永禄9年(1566年)11月上旬 駿河国駿府館 三浦氏員
尾張から戻った俺は、早速駿府館に上がって御屋形様に結果を報告した。松下殿、武田殿、織田殿らの準備は上々で、12月中には全ての城の明け渡しが行われることで合意ができたと。
「そうか。大儀であったな」
「はっ」
「ところで、尾張移転後の我らの拠点であるが……」
ん?これは妙な事をと思っていたら、御屋形様は申し訳なさげに仰せられた。居城は清洲城ではなく、那古屋城に置きたいと。
「お、お待ちを!」
「わかっている。那古屋城はそなたに与える予定だったからな。ゆえに、代わりに清洲城を与えよう。それでどうだ?」
俺個人だけの利益を考えるのであれば、これは非常に旨味のある話ではあるが、得意気な顔をして脇に控えている右衛門大夫(三浦真明)を見ていると心穏やかに承諾するわけにはいかない。
「畏れながら、これはすでに太守様が決定された事でございますれば……」
まさに「虎の威を借る」ようにして、俺は御屋形様に思い止まられるようにと申し上げた。
「そうか。父上の意向であるなら仕方ないな」
「畏れながら、御屋形様。ひとつ申し上げてもよろしいでしょうか?」
「構わん。申して見よ、右衛門大夫」
「はっ!では、申し上げますが……」
この右衛門大夫。俺と同じ三浦の姓を名乗っているが、元は昔右少将に駿府町奉行の職を奪われた小原肥前守の息子だ。不快な事にうちの分家に婿入りして、今では名門気取りで御屋形様のお側に仕えているが……
「某の手の者が調べたところ、清洲は水害の危険性がある場所との事にて、そのような土地に御屋形様をお移しするなど、もっての外と某は心得ます」
その右衛門大夫は俺の言葉に反抗するかのように、那古屋こそが本拠地に相応しい場所だとなおも強弁した。加えてその事を太守様に申し上げて、変更を勝ち取る事こそ本当の忠義であるとも。
「ならば、そなたがその旨を太守様に申し上げて、了解を得るのだな?」
「何を申されるのやら。そのような重大な仕事は、筆頭家老の要職にある上野介様のお役目でしょう」
「おいおい、ふざけるなよ?俺は明確に反対しているのだぞ」
ただ、御屋形様は右衛門大夫の肩を持つように仰せられた。那古屋に拠点を置きたいと言ったのは、ここに新しい自分の城を築きたいからだと。
「それは清洲ではダメなのですか?」
「先程、右衛門大夫も申した通り、清洲は水害が懸念される土地だ。台地にある那古屋こそ、新しい城を築く場所に相応しいのではないかと余も思う」
その上で御屋形様は、その旨を太守様に申し上げて承諾を取って来るようにと俺に命じられた。くそ……こうなってしまえば、取りあえず京に行くしかない。あとは太守様よりお叱りの言葉を頂くことを期待するしか……。
「それと、御屋形様。松下大蔵殿の古渡城は中々に見事な造りになっているとかで」
「それがどうした?」
「いえ、前に上野介様が廃城に為されるという話でしたので、ここはその材木を再利用なされては如何かと。その分費用も安くなりますし、工期の短縮も期待できますぞ」
「おお、それはよいな!」
「……お待ちを。右少将殿にはすでに某より、古渡城の材木等の持ち出しを認めております」
「上野介様、何を申される。これは御屋形様の御為にございますぞ。そのような約束など反故にすれば良いではありませんか」
「その前に、古渡城は某に太守様より賜った領地の内にございますれば、例え御屋形様といえども口出しは認められないかと。ましてや、右衛門大夫!貴様に口出しされる謂れなどないぞ、この無礼者が!!」
そうだ。京に上ったら、この獅子身中の虫を処分しても構わないかと太守様にそのようにお伺いを立ててみよう。うんうん、絶対にそうしよう!
「まあまあ、上野介。そのように青筋立てて怒るな。古渡城の事はそなたの言い分、尤もだと余も承知したゆえ……」
それと、少し前から思っていたが……御屋形様の再教育についても言上しなければならないな。右衛門大夫のような、小物に好き勝手されるようでは天下など治める事は出来まい。ああ、先行きがとても不安だ……。




