第396話 嘉兵衛は、懐かしき友と再会する(後編)
永禄9年(1566年)10月下旬 尾張国古渡城 松下嘉兵衛
仙千代はごねたけど、三浦様のご息女を迎える話はまとまった。決め手はやはり、弥八郎のネチネチだ。しかも、そこに虎松のネチネチも加勢したこともあり、こうなると白旗を上げるしかなかったようだ。
「しかし、虎松……本当に恐ろしい子に育ってしまったようだ」
先日の事といい、有能なのは認めるけれども、もう少し人の心が分かる子に育って欲しかったような気がする。もっとも、それを口に出すと、「子育てを放棄していて何を言われるのやら」と俺も弥八郎にネチネチ言われるのがオチだが、君主には慈悲の心も必要だ。
だから、その辺りは僧侶の力が必要だと思って俺は文を書く。あて先は願証寺の証意殿だ。
「お待ちを。証意殿といえば、近頃メイド喫茶なるものにどっぷりとハマって、寺の金に手を付けるほど堕落していると聞きましたが……」
「そうだったな……」
まあ、少しくらいは虎松も肩の力を抜いてそのような遊びを覚えてもいいと思うが、喜兵衛に言われて考え直した俺は別の方宛てに書き直すことにした。延暦寺の随風殿ならば、うちの旗印も考えてくれたし、いいのではないかと考えて。
「申し上げます」
ただ、その最中に来客があって、俺は手紙を書くのを中断した。ちなみにその訪問客とは、武田無人斎様と六郎殿の親子だった。
「これはこれは、懐かしいですな」
「ふん!懐かしいとはなんだ。すぐ側の近所にいるのに、その言葉はおかしいであろう?」
「そ、それもそうですね……」
まあ、実際には近くに居る事すら忘れるほどに、この親子の影は俺にとって希薄である。しかも、今思い出したけど、尾張における今川一門の象徴として那古野に居たのに、俺だけでなく越前を攻められていた朝比奈様もいつの間にか忘れてしまって、自陣営に組み込まずに放置してきたのだ。
「おまえといい、備中守といい……近頃の若いもんは……」
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「思い出して貰おうと訪ねたら悪いのか?」
「いえいえ、そのようなことは……」
……とはいいつつ、それだけの用事ならさっさと帰ってくれと思わないわけではない。引っ越しで忙しいし、虎松の事を頼みたいと随風殿に手紙を書かなければならないわけだし。
「あっ!おまえ、今迷惑そうな顔をしたな!!」
「め、滅相もない!!」
「おのれぇ、年寄りと思って馬鹿にしおって!この恩知らずどもが!!」
「まあまあ、父上。もうその辺りで。全ては皆様に覚えて頂けない働きしかできない某が悪いのですから」
六郎殿は自虐的にそう苦笑いをしながら無人斎殿を宥めて、それから今日の要件を俺に告げた。
それは近々引っ越すことになるからと、挨拶に来たと。
「そういえば、那古野城には三浦様が入られるのでしたね」
「そうなのですよ。うちも年内に城を明け渡すようにと言われていまして……」
「ちなみに、どちらに行かれるので?」
「若狭だ」
「若狭?」
「若狭には我が武田家の分家が守護を務めていたでしょ?」
この親子と同じく影が薄いから忘れていたけど、確かに言われてみたらその通りだ。もっとも、その若狭武田家は朝倉に味方したため、改易になったとも聞いているが……。
「それってつまり、武田繋がりで若狭を治めろという話なのですか?」
「そうだ。此度の国替えによって、婿殿は六郎に若狭8万石を与えると沙汰を下された。六郎はともかく、儂はもう年だからな。あちらに行けばもう会うことはないと思って別れを言いに来たのだ」
「そう言いながら、父上は京屋敷に留まるように命じられていますけどね」
「いうな、六郎。あっちで驚かしてやろうと思っていたのに……」
それは別に至極どうでもいい話であるけれども、無人斎様が京に留め置かれるのはどういう意味があるのだろうか。野放しにしておくと危険と思われているのであれば、ここまで忘れるほどに野放しにしていないはずで、意味が分からない。
ただ、二人とも嬉しそうにしているので、ここは素直に「おめでとうございます」と申し上げておく。今度は時々でいいので思い出す程度の働きをしてくれたならいう事はない。




