第395話 嘉兵衛は、懐かしき友と再会する(前編)
永禄9年(1566年)10月中旬 尾張国古渡城 松下嘉兵衛
今日は懐かしい人が駿府からやって来た。
「ご無沙汰しております、三浦様」
「こちらこそ、大蔵殿……いや、今は紀伊少将様でしたか。しかし、43万石の国主とは、随分と偉くなられましたな」
ただ、昔のように親しみを込めて口上を述べた俺に対して、三浦様の言葉には棘があった。
「ふふふ、冗談ですよ」
……そう、誤魔化すように少し笑われたが、よくよく考えたら三浦様の領地は此度の国替えによって加増されると聞いているもののそれでも10万石だ。内心では忸怩たる想いがあるのかもしれない。
「さて、そろそろ本題に入らせていただきますが、少将様の領地のうち、この尾張にあるものは年内に我らが受け取ることになりました。つきましては、明け渡しの日取りを決めておきたいと思いますが如何に?」
「我らの方は12月の初めの引渡しが可能です」
「承知した。それでは、12月1日に受け取りに参ることにしましょう」
後方に控える弥八郎も異論がないようで口を挟まない。ゆえに、この日をもって最終的に古渡城を去ることが決まった。
「それにしても立派な城ですね、ここは」
「ありがとうございます。去るに当たっては、磨きをかけてお渡ししますのでご安心を」
「え……あ、ああ、それは真に添いが、それには及びませんよ」
「はい?」
「実は、この古渡一帯は某が賜ることになったのですが、本拠地は那古野城に置くため、この城は破却することにしましたので……」
三浦様は「別にそなたに含むところがあるわけではないが」と前置きしたけれども、先程の態度といい、絶対に含むとこがあるだろと怒りが沸々と腹の底から湧き上がってきた。
しかし、その時後ろから「畏れながら」という声が聞こえた。
「ん?そなたは……」
「真田喜兵衛と申します。元は武田信玄公に仕えておりましたが、ゆえあって今は松下様の家臣にございます」
そして、喜兵衛は三浦様に提案した。この城を破却するのであれば、我らの手で更地にしても構わないかと。
「それはつまり、この城の材木や畳、瓦とかを紀伊に持っていき、新しい城を作る際に流用するという事か?」
「そのとおりにございます。上野介様が真に我が殿に含むところがないのであれば、その程度の事はお認め頂けますよね?」
「もちろんだ。先程は嫌味のようなことを申したが、別に俺は少将様と仲違いをしたいわけではないからな。城の移築も、12月の引渡しが終わった後で構わぬぞ」
「ありがとうございます。では、そのようにさせて頂きます」
そのやり取りを聞いて、俺は胸をなでおろしながら改めて三浦様にお礼を申し上げた。加えて勘違いしていたことも謝罪する。「疑ってごめんなさい」と。
「いやいや、妬んでいるのは事実だから謝るには及ばぬよ。それより、一つ相談があるのだが……」
「相談ですか……」
こういう話は大抵の場合、碌な話ではない。だから、嫌な予感をしつつ身構えて耳を傾けることにしたが、出てきたのは仙千代の縁談話であった。
「聞けば、そなたの旧領のうち、桑名郡4万石を分与されて年明けには大名に取り立てられるとか。我が領地とも近いし、縁を結んでおけば何かと好都合だと思うのだが……」
「しかし、真に申し上げにくいことながら、仙千代にはすでに妻がおりまして……」
「そうなのか?それは知らなかったが……どこの家の姫なのだ」
「榊原家の娘にて……」
「榊原家?はて、聞いたことがない家だが、もしかして公家の姫とか?」
公家はないなと思いつつ、榊原家はうちの家臣であると俺は三浦様に申し上げた。すると、「それなら問題ないではないか」という答えが返ってきた。
「いや、問題ないって……」
「殿……畏れながら、三浦様の申される通りかと思います。仙千代様が4万石の大名として、今川家中で侮りを受けないためにも、お貞殿は側室として考えるべきかと」
その上で、氏真公に近い三浦様が後ろ盾になるのであれば、仙千代の将来にとって良き話ではないかと弥八郎は言った。




