第392話 嘉兵衛は、真田昌幸を受け入れる
永禄9年(1566年)10月中旬 尾張国古渡城 松下嘉兵衛
「真田喜兵衛にございます。これよりどうぞよろしくお願いいたしまする」
清洲から移ってきた喜兵衛が今日より出仕するという事で、俺や虎松、あと弥八郎に対して挨拶の口上を述べている。
なお、武田家から出されたため、武藤家との養子縁組も解消されて、実家の真田姓を名乗る事になったようだが……真田昌幸、こちらの方が俺としてはしっくりくる。
「では、真田殿には……」
そして、喜兵衛の新しい職場であるが、俺の側近に加わってもらう事にした。
「あの……仙千代様付きの家老になると聞いておりましたが……?」
「それも考えたが、仙千代に与えられる領地は4万石だ。そこから、そなたの禄を払うとなれば、初手から財政難となりかねない。家老はあやつの義兄になる榊原孫十郎(清政)に任せる事にした」
なお、家禄は1千石だ。喜兵衛ほどの大物に支払う禄ではない。
「いや、某は別に100石でも200石でも構いませぬが……」
「そなたはよくても、奥方殿はよくないそうでな。甲府の三条の方様よりこのような文が届いているのだ」
「三条の方様から?」
頂いていた書状を喜兵衛に渡したが、その中に記されているのは、「薫はわたしにとって大切な友人なので、ひもじく惨めな生活を送るようなことがなきようにお頼みします。右少将殿ならわかっていると思いますが」……という非常に重く、圧力のあるお言葉であった。
「すみません……いきなり初手からご迷惑をおかけしましたようで……」
「構わん。俺はそなたの才能を買っているから、これしきの事を迷惑とは思っていないさ。また、そなたには禄として1万石を与えようと思っている」
「い、1万石ですか!?」
まあ、喜兵衛が驚くのも無理はない。うちの家臣で筆頭は藤吉郎の5万石だが、この1万石の禄は、弥八郎(3万石)、左近(2.5万石)、湯河中務(2万石)、堀内安房(2万石)慶次郎(1.5万石)に続く7番目の高禄である。つまり、重臣に列するという事だ。
「畏れながら、斯様に大盤振る舞いしてよろしいので?確か身代は43万石だったと記憶しておりますが……」
「他に色々と稼いでおるのでな。銭には困っていないし、その分気持ちよく働いてくれたら、この43万石の身代はもっと大きくなるはずだ。つまり、先行投資というわけだな」
「は、はあ……」
「それでどうだ?これなら、三条の方様も文句を言うまいと思うのだが?」
「そ、それは大丈夫かと存じます。あとでお礼の文を書くことに致しまする」
「そうしてくれ」
まあ、喜兵衛に1万石を与えて俺の直臣とした理由は他にもあるが、それはこの場では言わない。仙千代について行けば、当然お鈴殿のセットになるわけで、その事を奥方が嫌って「清洲に作った愛人の存在をバラしますよ」と俺に脅しをかけてきたなんてことは……。
「殿……殿?」
「……ああ、すまぬ。少し考え事をしていた。あと、国替えは年内に行わなければならない故、折角引っ越してもらったばかりだが、またすぐに引っ越しとなる」
だから、荷ほどきは最小限にしておくようにと告げると、喜兵衛は逆に訊ねてきた。引っ越し先となる新たな本拠地はどこにするつもりなのかと。
「一旦、名草郡の太田城に入るが、その西側にある小高い山を中心に新しい城を築くつもりだ」
そこはたぶん、前世で一回訪れた事がある和歌山城があった場所だと思うが、近くにある雑賀荘を丸抱えするような形で、城下町を作っていくというのが藤吉郎の考えだ。そうする事で、裏切ると厄介な孫市たちをしっかりと繋ぎ止める事ができるのだとか。知らんけど。
「ならば、その新しい城の築城ですが……某にお任せいただけないでしょうか?」
「それは折を見て頼もうかと思っていたが、やってくれるのか?」
「お任せください。1万石の禄に見合う働きを示さねば、流石に面目が立ちませぬからな」
ちなみに、金に糸目をつけないで構わないと言うと、喜兵衛は嬉しそうに笑った。これは楽しい仕事になりそうだと。




