第330話 嘉兵衛は、畿内の平定に乗り出す(1)
永禄8年(1565年)6月上旬 京・相国寺 松下嘉兵衛
指示通りに尾張から兵3千を率いて京に入った俺は、すぐに相国寺の義元公の下へ参上した。着陣の報告と……例の松永様からのお話について相談するために。
「すると、三好左京大夫はすでに河内・飯盛山城を離れて、大和の松永弾正の下に身を寄せているというのだな?」
「はい。御所様を襲ったのは本意ではなく、どうかお許し願いたいと……」
まあ、このように義元公に口利きしているが、俺自身もこれはどうかと思っている。本意でなかったと言われても、謀反は左京大夫殿の号令によって行われたのだ。松永様にどうしてもと頼まれたから断れなかったけど……。
「しかし、太守様。近頃、三好の様子がおかしい理由がはっきりしましたな」
「そうだな。総大将がこうしていなくなれば、日向守らも大困りよなぁ」
だけど、俺の懸念は義元公や半兵衛にとっては大した話ではなかったらしく、左京大夫殿の降伏を受け入れたなら、より三好勢は苦しくなるという戦略的な理由で、降伏は受け入れられることになった。
なお、処遇についても要望が受け入れられて、河内一国の安堵を認められた。
「ただし、左京大夫並びに弾正に伝えよ。直ちに兵を率いて我が軍に馳せ参じよと」
「ははっ!承知いたしました」
これも戦略的な理由によるものだ。三好家当主である左京大夫や重臣である松永様の旗が我が軍に立てば、日向守ら三好軍の士気は限りなく落ちる事になるはずで……半兵衛は「これで勝ちましたな」とニッコリ笑みを浮かべて、義元公にお祝いの言葉を申し上げた。
「半兵衛、それはまだ早いのではないか?」
「ふふ、そうでしたな。大蔵殿がまたやらかす可能性もゼロではありませんし……」
くそ……改めて思うが、こいつ本当に嫌な奴だ。ゆえに「早く血まみれの咳を口から吐いて死ね」と心の内で念じる。ゲームでは確かあと14年程生きていたと思うけど、今すぐ死ね……と。
だが、それでもこうして胃痛の原因だった左京大夫殿の降伏が受け入れられた事にホッと胸をなでおろして、用が済んだからと俺は立ち上がって義元公の御前から退出しようとした。
「おいおい、大蔵。どこへ行く?」
「え……?いや、今の話を松永様へ早く知らせようと……」
「それは確かに大切な事ではあるが、余はまだそなたの事について、何も話しておらぬぞ」
あ……そういえば、そうだったなと思い、俺は慌てて座り直した。3千の兵を連れて来るようにと言われたのだから、三好とのいくさに投入するおつもりのはずだ。どこに布陣すればよいのか、確かに指示を仰がねばならない。
「左京大夫がこうして我が方に降ったことは僥倖であるが、三好勢は未だ一万余の兵がおり、先程も申したがまだ本当に勝ったわけではない。そこで大蔵には勝龍寺城にいる三河守の下へ赴き、軍師としての役目を果たしてもらいたいのだ」
具体的にその職務範囲としては、いくさをするしない、作戦の立案、三好方諸勢力との交渉、降伏の認可の判断などなどを任せてくれるという事で、俺としては文句の付け所の無いお話だった。
それゆえに、「承知しました」と二つ返事で答えた。
「それと……もう一つだけ、そなたに言っておこうと思うが、それは今後の政権構想についてだ」
「政権構想?」
「そうだ。義輝公亡き今、幕府はその力を今や完全に失った。天下を治めるのは、つまり……この余である」
そこで、義元公は自らが征夷大将軍となり、新たな幕府を開くと仰せられた。
「どうだ?その上で大蔵……そなたには、政所執事を任せたいと思うのだが……」
それはまた非常に光栄な話ではあるが、ノリノリな義元公の側で半兵衛の顔が曇った。そして、「畏れながら……」と将軍就任には反対だと口にした。
「何度も申しますが、今の段階でそのような事をすれば、天下の諸大名を敵に回しますぞ。お気持ちはよくわかりますが、ここは自重なされる方がよろしいかと……」
その上で半兵衛は、ここ相国寺に居られる義輝公の弟君・周暠様を傀儡の将軍としてまずは擁立し、今川の天下が揺るぎない状況となった後に『禅譲』という形で将軍に就かれるようにと進言した。加えて、俺にも同意を求めて。
「左様に貴殿も思われますよね?今川家の事を真に思われておいでならば……」
「大蔵よ。そなたは忠臣ゆえ……もちろん、余の考えに賛同してくれるよな?」
二人の圧が異様なほどに強いが、いきなりこのような重大事を相談されて、すぐに答えが出るはずもない。こうして板挟みになった俺は、「また考えておきます」と二人に告げて逃げる事にしたのだった。




