第331話 嘉兵衛は、畿内の平定に乗り出す(2)
永禄8年(1565年)6月中旬 山城国勝龍寺城 松下嘉兵衛
義元公の指示を受けて、兵3千と共に勝龍寺城に到着した俺は、その足で次郎三郎のいる本陣に向かった。改めて軍師の役目を担うことになったと報告するために。
「ん?だれだ、てめえは……」
「松下大蔵少輔だ。次郎三郎はどこに居る?」
「次郎三郎……だと!?て、てめえ、殿の仮名を呼び捨てにするとは、この無礼者が!!」
だけど、生憎不在だったようで、部屋の中に居た右肩から大数珠をタスキ掛けした目つきの悪い小僧にいきなり喧嘩を売られて、初手から非常に困ってしまった。いや、寧ろ次郎三郎の家臣なのに俺の名を知らないなんて、そちらの方がおかしいと俺は思うが……。
「殿……このクソガキに某が礼儀というものを教えてやりましょうか?」
「いや、慶次郎。このクソガキ、頭は悪そうだが、どうも次郎三郎の家来みたいだからな。流石にあまり手荒な事は……」
「おい、おっさんども!この俺様をクソガキ呼ばわりするとはいい度胸だ!表に出ろ!!」
「「あ゛」」
それにしても、まだ二十代の若者である俺や慶次郎をおっさん呼ばわりするこのクソガキも中々にいい度胸だ。ここはきちんと、口の利き方を知らなければどうなるのか、『しつけ』をしなければならないな。それが年長者としての務めというものだ。
「おっさん共、どうした!怖気づいたのか!?」
「いやいや、まさか。それじゃあ、慶次郎。お先にやらせてもらうぞ?」
「あ……殿!それはずるい!抜け駆けですか!!」
「謹慎していたから、体が少しなまっているのだ。まあ、許せ!」
そして、文句を言う慶次郎の制止を振り切り、早速このガキをしめるべく前に出ると……いきなり、拳が飛んできた。中々に勢いのあるいいパンチであったが、俺は顔面にあたる寸前に回避してその腕を掴むと、そのまま背負い投げた。
「うぐっ!こ、この野郎……く、くそが!!」
だが、このガキも中々にできるようで、すぐに起き上がって再び攻撃に転じた。この時、一発は腹に喰らったが、すぐに三倍返しで顔や腹を殴り、さらにバランスを崩させるために膝裏への蹴りも一発お見舞いした。
「くっ!や、槍なら……負けはしないぞ……」
「そうか。ならば、次は槍で勝負するか?」
「望むところだ!」
「……殿、流石にその勝負は某にお譲りを」
膝をついても悪態づいたガキに、俺と慶次郎は大人の余裕でそう返したが、その時「これは一体、何をしているのか!」……と次郎三郎が本陣に駆け込んできた。
「兄貴も何をやって……」
「言っておくが、悪いのはこいつだぞ。俺が正しく名乗ったのに、いきなり喧嘩を売ってきたのだからな。そっちの方があり得ないだろう?」
暗に「おまえ、部下に何を教えているんだ?」とこのように暗にクレームを入れると、流石は次郎三郎だ。状況が理解できたようで、すぐに俺に頭を下げてきた。「申し訳ございません」と。
「殿……このおっさんたちは一体?」
「ば、馬鹿者!この方は俺の兄貴分で、今川家の軍師・松下大蔵少輔殿だぞ!!」
「い、今川の軍師!?あ……こ、これは、失礼しました!!」
俺の名前は知らなくても、今川の軍師というのが偉いということは理解できたのかと半ば呆れながらこの謝罪を受け入れると、次郎三郎は場の空気を換えたいと思ったのか。こちらの戦況とか、詳しい事は茶室で話そうと誘ってきた。
「それは別に構わぬが……」
「じゃあ、そういうことで。平八郎……」
「はっ!」
次郎三郎はこうして話がまとまったところで、ガキに命じた。茶室には信長も呼ぶようにと。しかし、あれ……今、平八郎と言ったか?
「なあ、次郎三郎……今、このガキの名を平八郎と呼んだか?」
「呼びましたが、それが何か?」
心の内で「何かじゃねえだろ」と一人でツッコミを入れる。『家康に過ぎたるものが二つあり。唐の頭に本多平八』と後世では有名な狂歌となっているが、次郎三郎の家来で「平八郎」といえば、本多忠勝の事だ。今はクソガキだけども……。




