第329話 嘉兵衛は、謹慎解除で再始動する
永禄8年(1565年)5月下旬 尾張国古渡城 松下嘉兵衛
2か月の謹慎を言い渡された俺であったが、観音寺城より使者が来て、本日をもって解除されることになった。つまり、義輝公が三好家によって弑されたから、もうこの尾張に閉じ込めておく必要がなくなったという事だ。
「大蔵殿には、速やかに兵3千を率いて上洛されたいとのことです」
「承った」
そして、京の町はすでに三好家から奪還しており、義元公は相国寺に入られて、亡き義輝公の弟君である周暠様にお悔みを申された上で、そのまま本陣を置かれたらしい。
まあ、その事も含めて、色々と思わないわけでもないが、こうして呼び出しを受けた以上は行かなければならない。出陣だ。
「しかし、もう少し情報が欲しいな。観音寺城の藤吉郎からは何か知らせは……」
「今のところ何も」
「そうだよな。あっちもあっちで、監視があったはずだよな……」
浅井に情報を漏らした一件は、俺が代表して罰を受けたが、そもそも藤吉郎が独断でやったことだ。その事を今川家でも把握していたので、こちらで俺に監視が付いていたように、藤吉郎らにも同じ処置がなされていたはずだ。気軽にいつものように情報を集められるとは思えない。
「とにかく、行ってみればわかるのでは?」
「そうだな。弥八郎の申す通りだ。ここは、焦らずにいくとしようか」
ちなみに、今回の度に仙千代の同行は見合わせることになった。別におとわの機嫌を損ねたとか、京の情勢を鑑みてとかではなく、お鈴殿が懐妊したため、もう少し側にいるように俺から頼んだのだ。
あ……言っておくけど、父親は俺ではない。清洲に居る武藤喜兵衛だ。いつかこうなるんじゃないかと心配していたのにやらかしたあいつは、甲府に帰った奥方と入れ替えにやって来た三条の方様直属の老女にこってりと絞られているらしい。まあ、自業自得だな。
「殿、申し上げます」
「どうした、源太郎」
「あまり大きな声では言えませんので、お耳をしばし拝借……」
少しこそばく感じたが、その内容に「えっ!」と驚くことになった俺は、やって来た客人をこっそり離れの茶室に案内するように命じた。
「誰か来られたのですか?」
「大きな声では言えぬが……」
俺の源太郎と同じように弥八郎の耳にひそひそと伝えることにした。つまり、松永様がお忍びで参られていると。
「な、なんと……しかし、まだ太守様の使者が城内に……」
「わかっている。それゆえに、そちらの対応は暫し、そなたに任せたい。俺も終わり次第駆けつけるが……」
「承知しました。下手をすれば、謀反を疑われかねませんからな。慎重に参りましょう」
そして、弥八郎と別れて、周囲をよく確認しながら茶室に入ると……そこには確かに松永様がおられた。しかも、呑気に茶道具を取り出して、湯を沸かそうとしていた。
「あ、あの……流石に茶の湯を楽しむ余裕は……」
「ん?そうか。久しぶりだからと思ったのだが……まあ、よいか。ならば、まず座れ」
「は、はい……」
あ……これはいけない。すっかり、この爺さんのペースに乗せられてしまった。
「それで、大蔵。これはうちの倅が書いた書状だ。ひとまず、目を通してくれるか?」
「わ、わかりました。し、しかし、先に言っておきますが……寝返りませんぞ?」
「あはは!何を当たり前のことを言っておるか。これから天下を獲ろうとする今川の重臣がどうして滅亡必死な三好に寝返るのだ。逆だよ、逆。まあ……まずは読め」
「は、はい……」
しかし、この爺さん……顔は笑っているのに、目が笑っていない。だから、油断なく書状に目を通していくと、そこには驚くべき内容が記されていた。
「あ、あの……これは本気なのですか?」
「ああ、本気だ」
「し、しかし……右衛門佐殿ならともかく、三好左京大夫殿が寝返りたいって……三好軍の総大将ではありませんか!」
それゆえに全く意味が理解できず、あるいは俺をからかうために、またその裏にもしかしたら何かが隠されているのではないかと疑うが、松永様はそのまま受け取っていいと言った。
要は、左京大夫が日向守ら重臣三人衆についていけないと離反を希望しているとかで。




