第328話 義輝公は、二条御所にて散る
永禄8年(1565年)5月中旬 京・二条御所 足利義輝
朝餉を食べながら、これが最後の飯だと思うと、みそ汁をもう一杯お代わりしたくなった。
「お代わりですか……?」
「糸千代丸……ダメかな?」
「いえ、わかりました。すぐにお持ちいたしまする」
やつは、死んだ摂津の忘れ形見で、三好の留飲を下げるためにも差し出すべきだという声もあるが、これは余の一存で却下してきた。
どのみち、共に死ぬのだからと、それなら将軍として、もうこれ以上三好に頭を下げたくないという思いで。
「どうぞ」
「うむ」
そして、届けられたみそ汁に口をつけながら、ふと気になったことを訊ねた。細川兵部は出仕しているのかと。
「そういえば、今日はまだお見えにならないと、進士殿が不思議がっていましたな……」
「そうか」
ふふふ、流石はよく鼻が利くというか、逃げ足が早い奴だ。別に左京大夫から聞いた話を教えたわけではないというのに、見事なものだ。
だけど、そんなことを思っていると、外から馬のいななく声が聞こえてきた。どうやら、始まるようだ。
「も、申し上げます! 三好勢が……御所の中に!」
「相分かった!」
まあ、全ては承知の上だ。余は椀の汁を飲み切り、すぐに自室へ戻る。すでに伝来の名刀をこの部屋に集めていたが、それらをすべて抜いては畳に突き刺していく。今日、ここで死ぬ覚悟はできているが、せめて最期に一華を咲かせるために。
「いたぞ!あれが御所だ!!」
それから左程時も置かずに、三好兵の声が聞こえて、余は思わずため息をついた。日ごろあれだけ威勢の良いことばかり並べていた幕臣たちだから、もう少し抵抗するのかと思えば、こうもあっさりと主である余の部屋に敵を通すとは情けない。
しかし、嘆いても仕方がないので、畳に突き刺していた太刀を掴み、まずは最初の兵を斬り倒した。
「それにしても、やはり名刀だな。よく斬れるわ」
「臆するな!かかれ!かかれ!!」
次々とその感触を楽しみながら、三好の兵たちを斬り続ける。左京大夫からは逃げるように勧められたが、逃げなくてよかったと本当にそう思う。この経験を足利の将軍で味わえるのは余ただ一人だ。鹿苑院(足利義満)様とてご存じではないだろう。知らんけど。
「一人で戦おうとするな!囲め!周りを取り囲んで、それから一斉に襲え!」
お……!少しは頭の働く者もいるようだな。しかし、残念ながらそれでは余を討ちとれないのだよ。さて……大蔵と研究した技をここで披露するか。
「秘剣・白鳥の湖!」
「なっ!なんだ!!」
「包囲した兵が畳ごと斬られて……」
「化け物だ!この男、化け物だ!!」
化け物か。それはまた光栄な言われようだな。それにしても、大蔵は大丈夫かな。今川殿からはこちらに来ないように謹慎させたと書状をもらったけど、勝手なことをしてまた叱られないことを願うのみだ。
何しろ、余はこれより死にゆく人間だ。未来のある大蔵を巻き込むのは本意ではない。
「お、おい!こうなったら、鉄砲を持ってこい!!」
ふふふ、鉄砲か。そういえば、こういうこともあろうかと、石つぶてを相手に叩き切る練習をしたな。さて、上手くいくかやってみるか。
ババーン!ババーン!
「や、やったか!」
「あはは!まだまだよ!」
「う、嘘だろ……鉛玉を斬るなど、も、もはや、人間ではないぞ……」
は、はは……そうは強がってみたけど、実は3発食らってしまったな……。
「だ、大丈夫だ!見ろ!御所の腹から血が流れているぞ!」
まあ、そのとおりだ。よくぞ気づいたと褒美をくれてやろう。
「ぎゃっ!」
「と、殿ぉ!?」
おお、刀を投げたら、久介(三好長虎)の喉に見事突き刺さったわ!馬鹿だな、手柄を立てさせたい親心はわかるが、大事な一人息子をまんまと獲物として差し出すとは。
「おのれ!よくもよくも久介を!!」
うんうん、その痛み、悲しみは余も人の子の親ゆえよくわかるぞ。願わくは、今川殿に預けた輝若丸も無事に健やかに育ってほしいものだ。親として何もしてやれぬが、幸せになってもらいたい。
「ええい、敵はひとりだぞ!誰でもいいから、早く討ち取れ!!」
さて……血を流しすぎて目もかすんできたし、耳も遠くなりつつあるな。そろそろ最後の戦を……。




