第327話 左京大夫は、謀反の決断に悩む
永禄8年(1565年)5月上旬 京・三好屋敷 三好義重
「もはや、これまでかと存じます。御屋形様にもお覚悟を……」
日向守(三好長逸)がそのように申して、俺に決断を迫った。決断とは、二条御所を襲い、御所様を亡き者にして幕府そのものを叩き潰すという……前代未聞の暴挙である。
「いや、し、しかしだな。そなたらの気持ちもわからぬではないが……」
「本当に我らの気持ちをわかっておられるのですかな?」
「左様。わかっているのであれば、そのように躊躇わないと思いますが……」
そして、流石にこれは行き過ぎだと俺が拒もうとしたら、日向守の左右に座る釣竿斎と岩成主税助が煽るように同調する。挙句の果てに、「まあ、摂津のおかげで後を御継ぎになられましたからな」と言われて、何を好き勝手なことを……と腹も立った。
「俺だって、父上を奴らに殺されて……!」
「おお!そうでしたな。十河孫六郎様の敵討ちを是非なさりましょうぞ!」
しかし、これは言うべきではなかったのかもしれない。日向守らはさらに勢いづいて俺に決断を迫ってきた。
今川が浅井に目を向けている今が一番の好機であるとして。
「だが……」
困った俺は、助けてほしくて脇に控える側近たちに視線を送るが、誰も口を挟まず、目すら合わせようともしない。頼りになりそうな松永右衛門佐も幕臣どもに談判するといって不在だし、まさに万事休すだ。
「ぐずぐずしていたら、今川の妨害が入るかもしれませぬぞ!さあ、ご決断を!!」
「御屋形様!今こそ御父君、並びに一族の無念を晴らすときにございまするぞ!」
「……本当に他の道はないのだな?」
「はい。三好家が生き残る道は他にございませぬ!」
「……わかった」
ゆえに、ついに俺は御所様への謀反に同意した。本音を言えば、日向守らの申すように天下を獲れるとは思えないが、これ以上抵抗すれば、御所様の前に俺が殺されるという恐怖があり……負けてしまったのだ。
「では、決行は今月19日という事で……」
「承知した。御屋形様もよろしいですな?」
否も応もない。もはや、俺には止めることはできない。頷くしかなかった。
「御屋形様……って、如何なされたのですか!」
「おお、右衛門佐か……」
日向守らが去ってからどれほど時間が経ったのだろうか。右衛門佐の声で我に返った俺が外を見ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「とにかく、まずは灯りを持ってこさせましょう」
「……すまぬな」
「いいえ、それは構いませぬが……そんなことよりも、何かございましたか?」
「右衛門佐……」
この暗い部屋の中でずっとため込んでいたものがここで一気に腹の内から外へ飛び出した。三好家の当主として、御所様への謀反を承認したが、本当にこれでよかったのか。他の方法があったのではないかと、悩んだこと全てを右衛門佐にぶつけた。
そして、右衛門佐の手配によって部屋に灯りがともり、俺はその答えを求めた。どう思うかと。
「そうですな……御屋形様が三好家の当主であり続けるためには、仕方がないことだったかと。仰せの通り、拒めば……下手をすれば、その場で殺されていたかもしれませぬし……」
何しろ、俺の対抗馬が阿波に居るのだ。俺自身もあり得ない話ではないと思い、まずは命を拾ったことにほっと胸をなでおろした。
「しかし、右衛門佐。果たして勝てると思うか?」
「御所様を討つこと自体は容易いでしょうが・……問題はその後ですよね」
「そうだ。今川が黙っているとは思えぬし……いくさになるよな」
いくさになれば、おそらく負けるような気がする。御所様を討った以上、我らはいくら取り繕ったところで逆賊、反対に今川軍は主君の仇討ちという大義を掲げて京に攻め上がってくるのだ。下手をすれば、配下の者たちも離反して、三好家は哀れな最期を迎えるかもしれない。
「やはり、勝ち目はないよな?」
「はい。御屋形様の仰せの通りにございます」
「ならば、どうすればよい。いっそのこと、俺がここで腹を切って……」
総大将たる俺がいなければ……そんなことを思ってそう言ったが、右衛門佐は首を左右に振った。それでも止まらないでしょうと言って。
「それよりも、やれることをやりましょう」
「やれること?」
「まずは、三好家の罪を少しでも小さくすることです。このことを御所様にこっそり教えて、今川領に退避して頂くのはどうでしょう?」
「なるほど、御所様が討たれなければ、それはこれまで通り御所巻きで終わるという事だな」
「左様にございます。あとは……」
こうして右衛門佐は、他にも策を献じてくれた。いずれにしても、日向守らにバレないようにしなければならないができなくはない。俺は右衛門佐の勧めに応じて、まずは……と御所様宛の密書を認めたのだった。




