第323話 長政は、謀反の責任を追及される
永禄8年(1565年)4月下旬 近江国小谷城 浅井長政
さよの部屋で猿夜叉丸をあやしていると、父上と政元が乗り込んできた。このかわいい我が子の顔を見に来たのかと始めは思ったが、どうもその表情を窺うと様子がおかしい事に気づく。
「……さよ殿、猿夜叉丸を連れて、暫し席を外してくれぬか?」
そして、いつもならば優しい口調で話すさよに対しても厳しい表情を崩すことなくそう告げられた。ゆえに、例の秘密がバレたと悟る。
「殿……」
「悪いな。言われる通り、席を外してくれ」
「……承知しました」
俺は要望通りに不安そうにするさよを部屋の外に出して、父と政元に相対する事にした。ただし、真っ先にやったことは土下座だ。他所にまた子を作ってごめんなさいと。
バレてしまったからには、叱られる前に謝るのが勝ち筋だ。
「…………」
しかし、父上からは反応がなく、どうしたのかと思って顔を上げると、さっきまでの表情が一転して困惑したようなお顔をされていた。だから、これは一体どうしたのかと政元に訊ねると、政元は呆れた顔をしながら、教えてくれた。
バレたのは幕臣・三淵弾左衛門殿と先日戯れに交わした約束の事だと。
「兄上……今川の太守様が暗殺されたら、朝倉殿と協力して京に攻め上がる約束を本当になされたのですか?しかも、成功したら近江の今川領を貰い、さらには近江守護を与えてもらう条件で……」
「ま、待て。その話はあくまでも今川の太守様が暗殺されたら……の仮定の話だぞ。企てが失敗した以上は、無効になる約束で……」
「無効!?いやいや、それは無理があるでしょう。謀反に加担したわけですし、こうして今川様にバレた以上は……」
「えっ!?バレたって、どういうことだ!」
三淵殿はあの時言ったはずだ。事が成就しない場合は、密談の内容を墓場まで持って行くから心配しないで良いと。
「もしかして、三淵殿は俺を裏切ったのか?」
「それはわかりませぬが、いずれにしても今川様の耳に全ては届いているようです。無論、大層お怒りになられているそうで、すでに近江・美濃・尾張・伊勢の四か国に動員令が出されているとか……」
政元は、その押し寄せる今川軍の兵力を3万から4万になるだろうと言った。加えて、我が方は兵糧の蓄えも潤沢ではなく、今から買い集めるにしても資金もそれ程余裕があるわけではないので、はっきりと勝てないと断言した。
それなら……と、越前の朝倉に援軍を求めようと提案したが、そちらはそちらで武田の手先と化した加賀の一揆勢に睨まれて身動きが取れないはずだと言い返されてしまった。
「武田が動いているのは、やはり……今川様に頼まれたからだよな?」
「間違いなくそうでしょうねぇ。それでもなお、兄上は勝てるとお思いですか?」
「いや……負ける。勝ち目は全く見当たらない……」
なるほど……この二人が厳しい表情を崩さないはずだと、俺はようやく理解ができた。そして、負けた時……我ら浅井は滅びる。目の前の父も政元も、産まれたばかりの猿夜叉丸もさよも家臣たちも、容赦されることなく命を奪われることになるはずだ。
「すまない……馬鹿な事をしてしまった……」
「今更謝られてももう遅いのです。最早、兄上が今川様に赦される事はないでしょう。ですので……」
その時、ずっと黙ったままで政元の話に頷くだけだった父が手を叩いた。同時に部屋の襖が開かれて、武装した兵たちが姿を現した。
「ち、父上!?こ、これは一体……」
「決まっておろう。浅井が生き残るために、謀反の罪を犯したおまえを太守様に差し出すのよ。もちろん、それでも許してくれるとは限らぬがな……」
そして、その兵たちの向こうに猿夜叉丸を抱いたさよの姿もあった。
「と、殿!」
「お、お待ちを!お、俺を今川に突き出した後、猿夜叉丸はどうするつもりなのですか!?ま、まさか……後腐れなく命を奪われるおつもりか!」
「あほう!左様な真似をすれば、太守様はますますお怒りになられるだろうが!」
父上は呆れるように言った。この子は今川の太守様にとって義理の孫になる故、俺に代わる新しい浅井家の当主にするつもりだと。加えて、その事をもって詫びを受け入れてもらうように頼むと。
「悪いな。全ては浅井家が生き延びるためだ」
その言葉に返す言葉はない。俺はせめて潔く、父の言葉に従う事にしたのだった。




