第309話 弾正の息子は、父に呼び出される
永禄8年(1565年)2月上旬 大和国信貴山城 松永義久
父から家督を譲られて早1年。色々あったが、俺は新たに三好家の主になられた筑前守様(三好義重)の下で仕事に励んでいる。そして、御所様の三好屋敷へのお成りを来月に控えて、より一層忙しい日々を送っていたのだが……
「父上、急なお呼び出しとは、如何なる御用でしょうか?」
今すぐ帰って来いという手紙を受取り、今、久しぶりに実家に帰っていた。だけど、どうしてこのように父は不機嫌なのだろうか。こうしてお聞きしてもムスっとしたまま何もお答えになられず、首を傾げるばかりだ。
「なあ、山城(結城忠正)。俺、何かまずいことやったかな?」
「殿……もしや、あの件がお耳に入ったのでは?」
「なるほど……」
まあ、こうして大和に引き籠られた父に相談する事も出来ずに進めた事はいくつかある。その中で最もお叱りを受ける可能性があるとすれば、日向守様(三好長逸)ら三人衆と親密に接している事かもしれない。
特に日向守様の姪御との縁談などは、やはり「勝手な事をするな」とお怒りになられていてもおかしくはない。
「父上……日向守様の姪御との縁談を勝手に進めている事はお詫びいたしまする。しかし、これは全て松永家の未来を思っての事。どうか、ご理解を……」
「……その事ではないわ!」
「あれ?違いましたか。それならなぜ、お怒りに……?」
「……わからぬのか?」
う~ん。これじゃないとすれば、あれかな。今度、御所様のお成りがあった時に、摂津ら幕臣たちを皆殺しにする計画を知られてしまったのかな?そのような楽しい企てがあるのに仲間外れにされて拗ねている?……父ならあり得る話だな。
「畏れながら、父上。摂津ら如き小物の始末に態々その手を煩わせる必要はございますまい。ここはどうか、高みの見物と……」
「待て。今、何と申した?摂津らを始末するだと!どういうことだ!!」
あれれ?これも違っていたか。しかし、ご存じなかったのなら説明しておいた方がいいな。
「父上。摂津ら一部の幕臣どもは、どうやらこれまで三好家の力を削ごうとあれやこれやと陰謀を巡らせていたようで。特に亡き若殿様の死に関して、要らぬことを吹き込んだ形跡も見つかっております。看過できぬというのが日向守様ら重臣方のご意向です」
「そうか……日向守様らがな。それで、そなたも近頃は協力しているというのだな?」
「はい。ですので、どうか某の縁談もお認め頂けたら……と」
「わかった。それはそなたの好きにすればよい。ただし……事情はわかったが、儂は摂津らの暗殺には反対だ」
「なぜですか!あやつらが居る限り、三好家は貶められて……」
「だが、京で今、混乱が起これば、鎮圧を大義名分に掲げて近江から今川が乗り込んでくるぞ。そうなれば、三好は天下を失う。いや、それどころかこの畿内から追い落とされるきっかけになりかねない」
父は悔しそうに一度天を仰いで仰せられた。気持ちは理解するが、亡き聚光院様(三好長慶)のためにも今は自重するようにと。
「しかし、それでは……」
「摂津らの排除には今川を頼れ。特に婿殿に相談すれば、力を貸してくれるであろう」
義兄上か……。実はまだ会ったことがないけど、無類のお人好しだと父は言ってたな。だけど、この状況で果たして頼ってもいいのか?わからない……わからないことだらけだ。あれ?そういえば、わからないことといえば……
「……ところで、父上」
「なんだ?」
「某を京から呼び戻した理由がいまいちわかりませぬ。それで、そろそろ理由を教えて頂けないでしょうか?」
「む!?なんだ、まだ気づいておらぬのか!このたわけが!!」
折角直っていた機嫌がまた悪くなってしまったが、このままでは帰れないので根気強くお訊ねすると、ようやくその答えが出てきた。それは……俺の諱の事だった。
「おまえ、御所様から片諱を賜って、『義久』と名乗っているそうだな!その名は儂が……お菊が元服した時にと思っていたのに。よくもよくもよくも!!!!」
まさかの理由でこの日一番の大激怒。でも、父上らしいと言えばらしいので、俺はひたすら機嫌が直るまで謝る事にしたのだった。




