第308話 嘉兵衛は、美濃の後処理に加わる(3)
永禄8年(1565年)1月下旬 近江国観音寺城 松下嘉兵衛
浅井玄蕃頭殿が再び交渉に来られたと聞いて、半兵衛が応対すると談合の部屋へ向かう。ただし、その浅井と密約でも交わされたら厄介なので、俺もついて行く事にした。
「信用無いですね」
「当たり前だろ。今までの事を振り返って、どうして信用されると思うのだ?」
「ふふふ、確かにそうですね」
そして、半兵衛はそれ以上の事は言わずに、部屋に入っていったので俺も後に続いて、共に応対する事になった。ちなみに、あちらも今回はお供が居て、自らを樋口三郎兵衛と名乗った。
「それで玄蕃頭。本日の御用のむきは?」
「大蔵殿。それはそちらもご存じだと思いますが、斎藤家に奪われた我らの領地の……」
だけど、ここで半兵衛が割り込むように話を遮った。
「お待ちを。斎藤家に奪われた領地の事でしたら、斎藤家にお話されるべきでは?」
しかも、その言い分がかなり悪質で、いつも温厚な玄蕃頭殿が珍しく声を荒げた。
「半兵衛殿……貴殿がそれを言われますか!?そもそも、その斎藤家の当事者は貴殿ではありませぬか!」
まあ、気持ちはよくわかる。俺だって横から聞いていて何を他人事のように言っているのだと呆れているのだ。
もっとも、だからといって領地を返すわけにはいかないけれども。
「まあまあ、若。ここは某にお任せを」
おっと、ここでメンバーチェンジだ。玄蕃頭殿に代わって三郎兵衛殿が半兵衛に相対した。その主張は、今川家が斎藤家を吸収したのだから、その権利や義務も引き継ぐのではないかと。
「ほう……つまり、領地の返還はその義務に含まれると言われたいので?」
「その通りだ。ましてや、今川家と我ら浅井家は盟約を結びし間柄だ。我が主は義元公のご養女を正室に迎えておられるわけで、信義を重んじられるのであれば、我らの話に耳を傾けて頂きたい」
「では、その信義に則り、坂田郡のうち北部6万石を守護の京極家にお返しいたしましょう」
「は?なぜ、そこで京極家の名が……」
「何をと言われましても、北近江の守護は京極高吉公にございましょう。信義に則るのであれば、本来の主にお返しするのが筋というものかと」
なお、京極殿は現在、京の御所にて義輝公に仕えている。前に上洛した際に知己を得たが、近江に帰りたいと零されていたし、この話を聞いたらきっと大喜びされるだろうなと思った。
「ふざけるのも大概になされよ!」
しかし、俺がふと意識を逸らしている間に、言い負かされた三郎兵衛殿は先程の玄蕃頭殿のように激高されて、話にならないと言わんばかりに席を立とうとした。ただ、その姿に半兵衛は笑う。
「な、何がおかしい!」
「いえ……本当にそれでいいのかなと思いまして」
「何だと!何が言いたい!」
「現実的な話として、浅井家はその力で今川家から領地を奪うことができますかな?いや、いざ開戦となれば、最早遠慮はなくなるわけで……」
半兵衛は続けるように玄蕃頭殿と三郎兵衛殿に告げた。小谷城も残る領地もやがてその全てが今川家の物となりましょう……と。
「まあ、それでもよいと申されるのであれば、そのまま部屋を出て行かれるのがよいでしょう。さて、どうなされますかな?」
実にそのやり口は、真綿で首を絞めるような……弥八郎と同じやり口のように感じた。ネチネチネチネチと、やられる方はたまらない。二人の顔が一気に青ざめていく様子が見て取れた。
だから、こうして肝が冷えたところで助け舟を出すことにした。今回の交渉において、領地の返還は先に申した坂田郡の北部6万石とし、その代わりに朝倉家を滅ぼした暁には、若狭国と越前敦賀郡の11万石を譲る朱印状を発行するから、それで収めてもらいたいと。
「大蔵殿、お待ちを。この件は某が太守様より任されております。余計な差し出口は……」
「わかっている。だけど、その上で半兵衛殿に頼みたい。この条件で話をまとめてもらいたいのだ」
今朝入ってきた情報によれば、松永様のご子息が近頃三好筑前守(義重)の屋敷に出入りするようになり、3月に義輝公がその三好屋敷を訪問するという話も上がっていて、何かと京方面がきな臭くなっているのだ。浅井と事を構えるべき時ではない。
今川家が天下を獲ることができるか否かの瀬戸際なのだから。




