第307話 嘉兵衛は、美濃の後処理に加わる(2)
永禄8年(1565年)1月中旬 近江国観音寺城 松下嘉兵衛
そして、右衛門督が退席した後で、いよいよ本題に入る。美濃の後処理についてだ。
「斎藤喜太郎の所領は、近江国佐和山城15万石とする。なお、稲葉山城の明け渡し期限は3月の末までとする」
「承知いたしました。その旨を喜太郎様に伝えることに致しましょう」
「また、斎藤家の主だった将のうち、稲葉伊予守を遠江・掛川城3万石、安藤伊賀守を三河吉田城2万石、氏家常陸介を尾張沓掛城2万石に遷すことにする」
なお、これらの話は正月に半兵衛がやって来た後で、皆で議論して決めた話だ。空いた稲葉山城には朝比奈様が20万石で犬山城から移る事になり、その犬山城は信長が受取り、朝比奈様の旧領8万石を加増されて所領は18万石となった。
また、大垣城には10万石で近江から岡部殿が入城し、その岡部殿の旧領近江・箕作城2万石は浅井小四郎殿に与えられることになっている。
「それでどうだ。反発などは起きぬであろうな?」
「もちろん、それは問題ありません。国替えの沙汰があることは皆も覚悟の上で降る事にしたのです。喜太郎様と同じく、3月末までに引き渡しを済ませることをお約束いたしまする」
半兵衛の言葉に義元公のみならず、この場に集まる諸将からも安堵の息がこぼれた。なにしろ、稲葉らは斎藤家で強勢を誇り、先年のクーデターを後押しした有力者だ。反発して叛く可能性も考慮して、朝比奈様や信長に兵を出す準備をさせる話も上がっていたのだ。
「ちなみに、太守様。他の者たちについてはどのようにお考えで?」
「今のところは現状維持で考えている。ただし、この先領地が拡大すれば、当然国替えという事もあると承知せよ」
「心得ました。その旨は、某からも伝えておくことにいたしましょう。ところで……」
「なんだ?そなたの領地もそのままでよいぞ。取り上げたりはせぬから安心せよ」
「いえ、それはそれで有難い話ではありますが、そうではなくて……近江領に喜太郎様を残すとなれば、浅井家に対してどうなさるのかと思いまして」
そうそう。半兵衛の言うとおり、喜太郎に与える近江領は元を正せば、浅井家の領地だったのだ。実際に玄蕃頭殿が昨日も来られて返還を要求されている。
しかし、我らはこの要求を拒むつもりだ。
「六角攻めの折に火事場泥棒の如く領地を横から掠め取られた事は余も含めてこの場に居る誰もが覚えている。従って、此度の事は領地を奪われた浅井の落ち度として、一切返すつもりがないというのが総意である」
「それはつまり、浅井と手切れ……さらには、潰すおつもりということですかな?」
「それは相手の態度次第だな。大人しく従うのであれば、潰す必要はないし、従わぬのならば是非に及ばずだ」
「なるほど……太守様、いえ今川家の方針は理解しました。その上で、ひとつ申し上げてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。申してみよ」
「では、申し上げさせていただきますが……」
半兵衛は、今の段階で浅井家をこれ以上追い詰めるのは反対だと義元公に告げた。その理由として挙げられたのは、摂津といった幕臣たちの存在だ。
「すでに予測されているとは思いますが、三好家は早晩自壊するでしょう。そして、その後は太守様が政権を握られて天下を差配する事になるでしょうが……当然ながら、幕臣たちにとってそれは面白い事ではありませぬ」
「それはつまり、摂津らが浅井を動かして余に叛くという事か?」
「浅井だけではありませぬな。朝倉や上杉、西国の毛利、大友にも声をかけて一大包囲網を敷かれる可能性があります。従って、将来の敵を減らす上で多少なりと譲歩して、浅井の顔を立てる事もご検討いただけたらと……」
まあ、上杉は大丈夫だと思うけど、事情がマル秘事項なのでそれをここで言うわけにはいかない。だけど、包囲網か……少し厄介だな。史実の信長も梃子摺っていたし。
「だが、半兵衛。返すべき領地は喜太郎に与えるのだぞ。返せと言われても返すことなどできまい?」
「畏れながら、斎藤家が浅井家から分捕った領地は21万石。そのうち、喜太郎様に下されるのが15万石なのですから、その残りをお返しなされたらよいかと。元々、その程度の事は想定して提案したわけですし……」
そして、その浅井家との交渉は任せてもらいたいと半兵衛は言い出した。遺恨を残すことなく解決して見せると強弁して。




