第306話 嘉兵衛は、美濃の後処理に加わる(1)
永禄8年(1565年)1月中旬 近江国観音寺城 松下嘉兵衛
近江から半兵衛が戻ってきた。斎藤家の降伏に関する段取りが付いたので、これからは今川家に仕えるという。
「竹中半兵衛にございます。皆様、これよりどうぞよろしくお願いいたしまする」
……本心では何を考えているのやら。これまでの事を思えば、いくらお人好しの俺とはいえ、その言葉を鵜呑みにすることは容易い話ではない。おそらく、それは他の方々も同じだろう。尾張に帰ったけど、信長なんかはその筆頭だ。
「あ、そうそう……お仕えさせていただくにあたり、一つ手土産がございました。太守様、こちらに連れてきてもよろしいでしょうか?」
だけど、そんな事を思いながら様子眺めをしていると、半兵衛はそのような事を言い出した。
「連れてくる?つまり、それは人という事か?」
「御意にございます。手ぶらでは流石に皆様の信頼を得る事などできぬと考えて、用意したのですが……」
「よかろう。連れてくるが良い」
そして、義元公の許可を得た半兵衛がこの広間に連れて来たのは……この近江を追われた六角右衛門督だった。そういえば、斎藤家に逃げていたのだなと思い出したが、両手を拘束されて連行されるその姿は、実に哀れであった。
「おのれ、半兵衛!騙したなぁ!!」
「この戦国の世……騙されるのが悪いのですよ。大体、佐和山の城内で周りの様子を観察していれば、我らが今川家に降ることは察知して逃げる事ができたはず。違いますか?」
「う、うるさい!この詐欺師!ここで殺されたら、絶対に祟ってやるからな!!」
それは実にいいアイデアだと、俺はつい右衛門督に拍手を送りたくなった。「成功したら、墓前に美味しい饅頭を供えてやるからな」と言いたくもなる。立場があるからどちらもしないけどね。あ……でも、藁人形くらいはあとでこっそり差し入れしようかな?
「如何でございますか?このようにうるさい土産で申し訳ございませんが、心を入れ替えた某の真心として、是非お受け取りいただけたらと」
「あ、はは……折角連れてきて貰って悪いのだが、要らぬかな?この男が生きていたところで最早この近江は揺るがぬし、大蔵……そなたはどうだ?」
「そうですな……太守様の仰せごもっともかと。受け取れば、六角の旧臣たちが亡国の元凶として命を狙って騒ぎ出しかねず、かといって承禎殿らのように駿府などに移してもこの男ならば必ず厄介ごとを起こすでしょう。関わり合いにならないのが一番かと……」
五右衛門から聞く限りでも、この男に関するヤバい話は色々とある。君子危うきに近寄らずだ。
「まあ、そういうことなので、そなたの真心は受け取るから、悪いがこの男はそなたの方でどこか他国の山に捨ててきてもらえぬか?」
「お、おい!おまえらふざけるな!俺はこの近江の守護・六角右衛門督なるぞ!生かしておけば、必ず貴様らを地獄に叩き落とす男だぞ!それでも殺さなくていいというのか!?」
「……承知いたしました。それでは、このまま他国に捨てて来ることにいたしますが……それならば、太守様にひとつ策を提案させて頂きたく……」
「策とな?」
「こ、こら!俺を無視するんじゃない!!」
うんうん、やっぱりこの男はヤバいな。折角命が助かる話になっているのに、これじゃあ殺してくれと言っているようなものだ。もっとも、義元公も半兵衛も他の方々も相手にしていないので、段々可哀想になって来たけど……。
「それで、まずは捨ててくる場所なのですが、越前で如何かと」
「越前……つまり、朝倉にこの男を庇護させるという事だな?」
「はい。さすれば、我らはそれを大義名分として、越前に攻め込むことができます」
「しかし、受取りを拒否されたら如何する?」
「その時は攻め込む理由を得る事ができなくなりますが……朝倉家の内情を考えたらそうはならないかと」
「ほう……その根拠は?」
「朝倉家では今、当主である朝倉左衛門督(義景)と分家筆頭の朝倉式部大輔(景鏡)との間に深刻な対立があります。そのため、どちらかが拒もうとしても、必ずもう片方が受け入れてくれるはずです。なお、その辺りの詳細は、後でまとめた物を献上いたしまする」
ホント、前に藤吉郎が貰った六角家の情報といい、この男は良く調べているなと感心する。だけど、それなら言う事なしだ。
未だ煩く喚き散らしている六角右衛門督は、流石にうるさいからと口に猿轡をはめられて……そのまま美濃と越前の国境に捨てられることになったのだった。




