第302話 嘉兵衛は、新年を迎えて
永禄8年(1565年)1月上旬 近江国観音寺城 松下嘉兵衛
年が明けて、今日で三日目。本丸大広間で大評定が開かれるという事で、俺は登城する。もっとも、うちは本丸に最も近い旧平井家の屋敷を賜ったので、そんなに時間はかからない。坂を少し登ったら……すぐにそこは本丸だ。
「はあはあ、やっと……ついた」
だから、着いた途端にバタンとひっくり返ってへとへとな様子を見せる孕石主水などとは違って全然余裕なわけで……ここに集まっている面々の表情も観察する事ができる。
しかし、一昨年の上洛戦で活躍してニコニコ顔の次郎三郎や岡部殿と比べて、尾張からやってきた朝比奈様や信長の顔はどこか緊張感が漂っていた。墨俣に橋頭保を作ろうとも目論むも、未だに上手くいっていないようだ。すでに7度失敗しているらしい。
「太守様のお成りにございます」
おっと……いけない、いけない。どうやらお時間となったようで、俺は頭を下げて皆と共に義元公を出迎えた。
「面を上げよ」
そして、どの話題からお話になられるかと様子を窺っていると、いきなり俺に話を振ってきた。「子が産まれたらしいな。めでたい事だ」と仰せられて。
「ありがとうございます」
「それで名は何と?」
「万寿丸と……」
産まれた子は男の子だった。昨年おとわが産んだ徳松と仲良く育って欲しいと思いつつ返答すると、義元公から祝いの品を贈るとお言葉があった。お礼を申し上げて……それから今日の本題へと移る。
まずは美濃の事……ではなく、京の話だ。
「三河守、三好の動きはどうだ?」
「三好家の家督を継いだ孫六郎は、年の暮れに二条御所にて御所様に拝謁。片諱を賜り、『義重』と諱を改めた他、亡き筑前守が就いていた幕府・相伴衆に任命されたとの事ですが……」
なお、京は未だ平穏だ。孫六郎の相続に反対する連中は四国に居るが、間に海がある故にどうも動きは鈍い。
それどころか、近頃では畿内の事は孫六郎に委ねて、四国で独立するのではないかという見方もある。まあ、それはそれで構わないのだが……そうなると気になるのは幕臣たちの企みだ。
「つまり……孫六郎は、修理大夫が任じられていた『執事』の職は与えられなかったのだな?」
「はい。さらに言えば、官位も従五位下筑前守ということで……そのため、三好家の内部でも不満を抱く者も多いようです。特に後見人を名乗る三好日向守などは過激にも、御所巻きしてはどうかなどと発言しているようでして……」
「御所巻きか……それは穏やかではないな。それで、摂津らには危険な火遊びをしているという自覚はあるのか?」
「おそらく、甘く考えているものと……」
「真に困った連中だな。御所様もご苦労な事だ……」
ただ、万が一の折は、勢多城に居る次郎三郎が先鋒となり、まずは5千の兵を率いて二条御所に駆け付ける手筈はすでに整っている。義元公は引き続き細心の注意を払うようにと言われて、次の話題へと話を移した。
「続いて、美濃の状勢だが……備中守」
「はっ!」
「まずはそなたらの近況を報告してくれ」
美濃斎藤家でも、昨年政変が起きた。当主である斎藤喜太郎龍興の最側近であった斎藤飛騨守が毒殺されて、混乱の中で竹中半兵衛が稲葉や安藤といった重臣たちの協力を取り付けて執政に就任。権力を掌握したのだ。
「それで、付け入るスキはまだ見つからぬというのか?」
「申し訳ございません。もう少しお時間を頂ければ……」
そして、その半兵衛の指揮下で斎藤軍は、墨俣に橋頭保を作ろうとする今川勢に連戦連勝を重ねて、その勢いをもって近江の浅井領に侵攻。今では坂田郡と犬上郡、それに火事場泥棒をした愛知郡は斎藤家の領地となり、この近江の今川領と接している。
当然だが、最早そんなに悠長な事を言っている場合ではなくなっていた。浅井家からは領地奪還への援助を求められていて、加えて背後が不安定になったがゆえに、先程の話題で上がった変事が京で起きた場合、安心して兵を西に向ける事ができない状況になりつつあるのだ。
「大蔵……」
「はっ」
「そなたの意見を聞こう。どうすればよいと思うか?」
墨俣の攻略方法は、未来知識で知っている。だから、その話をまずはしようとしたのだが……
「申し上げます!」
突然割り込まれたその声によって、それは阻まれてしまった。それで何事かと思っていると、耳に聞こえてきたのは斎藤家からの和睦を願う使者がやってきたという言葉だった。
しかも、その使者というのが……竹中半兵衛であると。




