【第6章終了時】主な登場人物一覧(1563年11月)
【松下家】
松下元綱(27)
通称・嘉兵衛、従五位下・大蔵少輔。今川家の「京並びに寺社対策担当家老」。
令和の時代から転生した元・高校教師。剣道六段、柔道三段、あと簿記2級の資格を有す。
北伊勢・南近江の攻略と上洛を実現させた功により、尾張・伊勢で16万石の領主となる。また、長島の願証寺と南伊勢の北畠氏とは友好関係を築いている。
なお、私生活では、正室おとわの他、綾、佐保、市と三人の側室、また上杉輝虎とも関係を持ち、現時点で四男三女の子を儲ける。
おとわ(27)
井伊谷城主・井伊直盛の一人娘。史実では、のちに女城主となった『井伊直虎』である。
しかし、嘉兵衛と出会ったことにより、運命が変わり……その正室となる。
長女・あずさ、長男・虎松を出産し、北伊勢・南近江の攻略とその後の上洛戦では鉄砲隊を率いて武功を挙げた。
あずさ(8)
嘉兵衛とおとわの間に生まれた長女。どういうわけか、藤吉郎に恋するも破れたおませな女の子である。なお、松永久秀が「転生者」ではないかと疑っている。
松下虎松(6)
嘉兵衛とおとわの間に生まれた長男。二人が多忙で事実上子育てを放棄したため、本多正信に養育されている。
巴(3)
嘉兵衛とおとわの間に生まれた次女。
葵(2)
嘉兵衛と上杉輝虎の間に産まれた三女。松下家に引き取られて、願証寺・顕忍の許嫁となる。
綾(23)
松永久秀の娘。特別室でバニーガールに扮して嘉兵衛と関係を持ち、そのまま側室となり、菊幢丸を出産した。
前世で高級ホテルの料理長だった父より、未来の料理を一通り教えられる。
なお、おとわの乱暴な子育てに任せておけないと、あずさの養育に名乗りを上げた。
松下菊幢丸(4)
嘉兵衛と綾の間に生まれた次男。松永久秀の孫として祖父から期待されている。
佐保(19)
武田信玄と三条の方との間に生まれた次女。穴山信君に嫁いでいたが、夫の死により、嘉兵衛の側室となった。
松下勝千代(1)
嘉兵衛と佐保との間に産まれた四男。
市(17)
信長の妹。今川義元の養女となり、浅井長政に嫁ぐ予定であったが、六角家に攫われた事件をきっかけに嘉兵衛と急接近し、その後方針を変更した義元の命により、嘉兵衛の下へ嫁いだ。
木下藤吉郎(27)
史実の天下人・豊臣秀吉。
本来であれば、松下家を辞して信長に仕えていたはずだが、嘉兵衛に仕え続ける事になった。
松下家の筆頭家老として北伊勢攻略に始まる上洛戦にも参戦。その後は観音寺の松下屋敷で、嘉兵衛の仕事を補佐している。
寧々(15)
史実において秀吉の妻となった女性。今世でも秀吉の妻となる。
お酒が好きで、その縁で竹中半兵衛に仕えるも、そのために織田家没落の元凶と呼ばれることになったため、松下家の侍女となる。
また、瀬名姫と並ぶ殺人級の料理下手で、その弁当を秀吉が食べたと聞いた信長は、その勇気をたたえた。
島清興(24)
通称・左近。史実では、『三成に過ぎたる者』と呼ばれた関ヶ原の名将。伊東一刀斎の紹介で、嘉兵衛に仕える。
妻は瀬戸方久の娘・あかね。大和の継母に命を狙われた事から、嘉兵衛と共に上洛。松永久秀に協力する事で、過去の因縁を断ち切った。
松下家の軍事担当の家老を任され、北伊勢攻略に始まる上洛戦にも参戦した。
あかね(25)
気賀の商人・瀬戸方久の妹。藤吉郎との縁を繋ぐために、兄の命令でおとわの侍女となり、駿府へ同行する事になった。
しかし、顔の良い左近と恋に落ち、兄の意に反して左近の妻となった。
左近との間に二人の男の子を儲けた。
石川五右衛門(27)
秀吉の幼馴染。松下家が駿府に移るにあたって誘われて、専属の忍びとして活動する。ただし、寧々と間違いその姉・くまを誘拐した。
桶狭間の戦いの後、千代女と結婚した。なお、龍吉という3歳の息子がいる。
本多正信(26)
藤吉郎と並ぶ嘉兵衛の片腕。北伊勢攻略から始まる上洛戦には参加せず、古渡城に留まり領内の仕置きを代行する一方で、虎松の教育にも力を注いだ。
鈴(30)
元・飯尾連龍の愛人であり、源左衛門の妻となった女。子を儲けたが、源左衛門が戦死した事により、息子・仙千代共々、嘉兵衛の庇護を受ける事になった。
古渡城では奥女中を取り仕切り、寧々からは「鬼ババア」と呼ばれることに。また、クリスマスパーティで落した武藤喜兵衛とは、愛人関係にある。
松下仙千代(9)
嘉兵衛の弟・源左衛門と鈴の間に生まれた男の子。伯父である嘉兵衛に母と共に引き取られて養育されている。
なお、従妹のあずさには兄のように振舞おうとするも、手下のように扱われる。
松下清景(19)
松下連昌の長男。通称・源太郎。父の命令により、嘉兵衛に小姓として仕える。
その後、北伊勢攻略から始まる上洛戦では古渡城に留まり、弥八郎を補佐した。
松下継綱(18)
嘉兵衛の弟。通称・三四郎。元服してから近習として嘉兵衛に仕えていたが、桶狭間の戦いの後、人質として岡崎に留まる事になった。
なお、寧々の姉であるくまと結婚した。
くま(16)
杉原定利の娘。妹である寧々に間違われて、岡崎に連れて来られた。
おとわの預かりになったが、そのおとわが桶狭間に出陣したため、留守を任された三四郎と次第に仲を深める事になった。
桶狭間の戦いの後、尾張にて父母と再会したが、三四郎の妻となったため、岡崎に戻る事になった。
榊原康政(16)
通称・小平太。嘉兵衛の下で小姓として仕えた後、左近の配下となり、北伊勢攻略から始まる上洛戦にも従軍して功績を挙げた。
お貞(11)
小平太の妹。城に上がって、あずさ付きの侍女となる。
次郎吉(?)
飛加藤という名で知られている忍び。武田信玄によって命を狙われて、駿府に逃げ込んだ後は嘉兵衛の手配で庭師の次郎吉という名で戸籍を取得。以降は嘉兵衛の協力者となる。
五右衛門と千代女が結婚した事により、その叔父の立場で二人を後見するとともに、松下家の諜報体制を整えることにした。
千代女(22)
甲斐出身のくノ一。飛加藤捜索の任を受けて駿府にやってきた。
嘉兵衛が武田家に赴き、話を着けた後は、次郎吉の下に身を寄せる。
桶狭間の戦いの後、五右衛門と結婚。龍吉を出産した。
柳生宗厳(37)
通称・新左衛門。筒井家に仕えて松永久秀の大和進出を阻止しようとしたが、敗北。嘉兵衛の家臣となり、島家の領地を治める代官となった。
ただし、松永久秀に言い様に利用されている。
蜂須賀正勝(38)
通称・小六。美濃と尾張を股にかけて活動する川並衆の頭目。
縁あって藤吉郎に協力して、半兵衛の策を失敗に追い込んだ。
前田利益(23)
通称・慶次郎。清洲城奪還作戦の際に、嘉兵衛に仕えると宣言した。
親衛隊を組織し、最側近として川中島、北伊勢攻略から始まる上洛戦に参加し、武功を挙げる。
杉原定利(42)
くまと寧々の父。織田家をリストラされた後に、松下家に仕える。
また、くまが三四郎と結婚する事になり、岡崎に移住した。
木下小一郎(24)
藤吉郎の弟。桶狭間の戦いの後、松下家に仕える事になった。
【井伊家】
井伊直盛(48)
井伊家前当主。通称・信濃守。
おとわの父として、嘉兵衛の前に立ちはだかったが敗れ、二人の仲を認めた。
桶狭間の戦いでは、抜け穴を通って脱出した義元を保護。その功績を称えられて、戦後1万石を加増されたが、それを区切りとして家督を直親に譲って隠居した。
千賀(46)
直盛の妻にしておとわの母。
自分の事は棚に上げて、おとわに側室を持つことの大切さを説いた。
井伊直平(85)
ご隠居様。直盛の祖父でおとわの曾祖父。井伊谷にて静かに暮らしている。
井伊直親(28)
通称・次郎、あるいは肥後守。信濃より帰国して、従兄である直盛の養子となり、桶狭間の戦いの後に家督を継いだ。
北伊勢攻略から始まる上洛戦に参加して、武功により遠江にて2万石の加増を賜る。
なお、ひよとの間に嫡男・万千代を儲けた他、香織という妾との間に儲けた高瀬という娘がいる。
ひよ(30)
井伊家家老・奥山朝利の娘。
引間城の若殿、飯尾連龍の愛人であったが、縁を切って直親の妻となる。その後、嫡男・万千代を出産した。
小野政次(29)
井伊家家老・小野政直の嫡男。通称・但馬守。父の死により、家督を相続。
父同様に、井伊家の家老に昇進。北伊勢攻略から始まる上洛戦に参加し、南伊勢の大名たちとの交渉において功を挙げた。
お奈津(28)
井伊家家老・奥山朝利の娘でひよの妹。政次の妻となる。
南渓瑞聞(58)
井伊直平の子。出家して龍潭寺の住職となる。
嘉兵衛を『龍の卵』に例えて、その危険性を説き、直親の復帰と引換えに今川家へ売りつける事に成功した。
現在は厄介ごとから解放されて、静かに暮らしている。
傑山(33)
南渓和尚の弟子。槍の名手。
瀬戸方久(39)
気賀の商人。井伊谷の材木、澄酒の取引で嘉兵衛との縁を結ぶ。
ただ、藤吉郎の才を見抜き、妹をおとわの侍女に送り込むなど、そちらとの縁も結ぼうとしたが、失敗した。
また、嘉兵衛が考案したコスプレグッズを松永久秀に販売した。
なお、近頃は嘉兵衛に頼まれて甲斐・信濃に物資を持ち込み、高額販売で利益を得た。
【今川家】
今川義元(45)
今川家の前当主。正四位下左近衛権中将で幕府副将軍。今川家を六か国195万石の大大名に育てた。
公家や武家ではなく、高僧のような雰囲気を持つ男であるが、その一方で不誠実な対応をした浅井長政を一喝する苛烈さを持ち合わせている。
また、亡くなった正室を偲び、側室を持たず、女性を悲しませる男にいい感情を抱いていない側面もある。
今川氏真(26)
今川家の当主。従四位下治部大輔で、父・義元より駿河・遠江・三河の統治を委ねられる。北条氏康の娘と婚礼を挙げるも嫡男はまだ誕生していない。一方、側室の寿との間には、娘を一人儲けた。
寿(24)
松下連昌の娘で、嘉兵衛の元婚約者。嘉兵衛の義理の妹となって、氏真の側室となる。5歳となる娘がいる。
武田信虎(70)
甲斐武田家の前当主。国を追われて、今は婿である今川義元の客となっているが、虎視眈々と復帰を窺う。
桶狭間の戦いの後、評価を落した松平元康に代わり、息子・信友が那古屋城主となり、自身もその補佐役として末森城に1万石を与えられた。
なお、川中島の戦いに向かう嘉兵衛に、信玄への伝言を託した。
朝比奈泰朝(26)
通称・備中守。今川家において、上洛戦の総大将を務める。
桶狭間の戦いの後、犬山城主となり、次の美濃攻めに備える。
三浦氏員(40)
朝比奈家と並ぶ譜代の名門・三浦家の当主。従五位下・上野介。
上洛戦に際しては駿河に留まり、新当主・氏真の補佐を託された。
岡部元信(38)
従五位下・丹波守。今川家の家老に列し、近江箕作城5万石の領主となる。
蒲生定秀(56)
従五位下・下野守。今川家に寝返り、近江日野城6万石の領主となる。
また、南近江の内政を取り仕切る家老に列する。
蒲生鶴千代(8)
蒲生定秀の孫。神童の誉れ高く、蒲生家が今川家に寝返るにあたって、自ら望んで小姓として義物の側に出仕する。
伊東一刀斎(39)
諸国に名が知れた剣豪。嘉兵衛に説得されて、今川家の馬廻衆指南役として客将となる。
桶狭間の戦いでは、弟子と共に山間に潜み、森可成率いる別動隊と交戦したが、想定以上の兵が押し寄せたため、突破された。
桶狭間の戦いの後、しばらくして再び諸国流浪の旅へと出た。
松平元康(22)
のちの徳川家康。通称・次郎三郎、従五位下三河守。雪斎の弟子となり、勉学に励んでいたが、嘉兵衛の上洛計画に感化されて、以降「兄貴」と慕う。
北伊勢攻略から始まる上洛戦に参加し、戦後その功績によって南近江・勢多城20万石に国替えとなる。また、同時に今川家の家老にも列した。
孕石元泰(31)
今川家家臣。嘉兵衛の家督相続を阻んだ男。
寿桂尼の失脚後、嘉兵衛の後任として勘定奉行に就任したが、桶狭間の戦いの後、尾張津島の代官に降格した。
その後も何かと告げ口などして、足を引っ張ろうとしている。
浅井政敏(42)
今川家家老。通称・小四郎。
義元の最側近として御用を取り次ぐ。近江の浅井家とは遠縁にあたり、和平を仲介した。
飯尾連龍(32)
遠江国引間城主。通称・豊前守。父・乗連の死後、家督を継承した。妻は今川義元の養女・田鶴(鵜殿長持の娘)。
追放された嘉兵衛に同情して、餞別金と仕官先の世話をした一方で、愛人を清算する手伝いを依頼した。
松下連昌(48)
嘉兵衛の親族。通称・石見守。
娘・寿が氏真の側室になったことで、頭蛇寺城の城主となる。
織田信長(30)
従五位下・尾張守。桶狭間で決戦を挑むも敗れ、清洲城10万石の安堵を条件に今川家に降伏した。
川中島の戦いでは、嘉兵衛の配下として活躍。その実績が認められて、朝比奈泰朝を大将とする美濃攻めにおいて、軍師の役目を賜る事になった。ただし、攻略が上手くいかず、焦っている。
また、二人の妹の内、犬姫は武田勝頼と、市姫は義元の養女となって北近江・浅井長政に嫁ぐことが決まった。
柴田勝家(37)
織田家の重臣。市姫の輿入れを阻止するため、あの手この手と画策するも、おとわに制圧されて白旗を挙げた。
なお、近頃はロリコンに留まらず新しい扉を開いたようである。
森可成(41)
織田家の重臣。別動隊を率いて、桶狭間に突撃するもおとわの鉄砲隊の餌食となる。ただし、一命をとりとめて、主と共に降伏した。
前田利家(25)
通称・又左衛門。信長の不興を買って、織田家から追放されていたが、嘉兵衛の口添えで織田家に復帰した。勝家と共に市姫の輿入れに反対した。
池田恒興(27)
通称・勝三郎。信長の乳兄弟であり、側近の一人。焦る信長をなだめる。
村井貞勝(44)
通称・吉兵衛。織田家の財政を預かるが、金平糖代が嵩み過ぎて財政悪化を招き、打開しようと真っ赤な帳簿を片手に苦闘する。
【その他】
武田信玄(43)
甲斐・信濃の守護大名。従五位下大膳大夫兼信濃守。
川中島の戦いにおいては、圧倒的有利な状況にもかかわらず上杉に勝利を得る事ができず、嘉兵衛の勧めによって和睦を結ぶことを決意。また、そのけじめとして家督を嫡子・義信に譲る事を表明した。
その後、飛騨を攻略した。
三条の方(43)
武田信玄の正室。本名は千鶴。実父・三条公頼はすでに山口で死去したが、妹が石山本願寺の顕如に嫁いでいて、その影響力から信玄は頭が上がらない。
信玄と義信の対立を深く心配して、嘉兵衛に仲裁を依頼。結果として、義信が武田家の家督を継いだことに満足し、娘・佐保を嘉兵衛の側室にする事に同意した。
武田義信(26)
武田信玄と三条の方の間に生まれた長男。中々家督を譲ってくれない父に不満を抱いて、一時は謀反を決意するも嘉兵衛に修正されて、以後「師」と仰ぎその指示に従う。
甲越和睦の成立後、父信玄から家督を譲られて、武田家第20代当主に就任した。領民を食わせるために、嘉兵衛の助言を得て内政に力を注いでいる。
武田勝頼(18)
武田信玄の四男。母は諏訪御料人。諏訪家の家督を継ぐことが内定していたが、兄・義信と父・信玄の仲が悪化した事から、家督争いから遠ざける目的で尾張に留学する事となった。
なお、織田信長の妹・犬姫を妻に迎えた。
飯富虎昌(60)
通称・兵部。武田家の精鋭部隊・赤備えを率いる大将だが、義信の傅役として非常に苦労している。
真田幸隆(51)
武田晴信の家臣。通称・弾正。
真田の忍びを束ねており、諜報部門のトップの座を望月盛時と競い合い、勝利した。また、信玄の隠居後は信玄に従い、飛騨攻略戦でも活躍した。
山本晴幸(64)
通称・勘助。信玄の軍師を務める。
川中島の戦いでは、嘉兵衛と共に立てた「啄木鳥戦法」で臨むも勝利を得る事ができなかったが、信玄の信頼は揺るがず、飛騨攻略で挽回した。
武藤昌幸(17)
武田家家臣。通称・喜兵衛。三条の方の命令で、嘉兵衛を監視するために派遣されたが、三条の方の侍女・薫と結婚するために帰国した。
しかし、川中島の戦いの後、信玄の隠居に端を発する人事異動に巻き込まれて、勝頼の傅役として再び尾張に向かうことになり、クリスマスパーティではお鈴と関係を持ってしまった。
武田信繁(39)
信玄の弟で通称・典厩。「武田の副将」と評される。
本来であれば、川中島の戦いで戦死していたはずだが、嘉兵衛の活躍によって命を拾う。
信玄の隠居後は、甲府にて義信の補佐を行う傍ら、二人の間を取り持つ役目も担っている。
足利義輝(28)
足利幕府第13代将軍。正三位・権大納言兼右近衛大将。
三好長慶と和睦を結び、京に安定を齎せたが、摂津晴門ら幕臣たちは三好の権力を削ぐことに躍起となり、結果として「三好義興の暗殺事件」を招いてしまった。
なお、嘉兵衛とは友好関係にある。
三好長慶(42)
三好家当主。従四位下・筑前守。畿内・四国で8カ国を支配する事実上の天下人。
将軍・義輝と長年にわたって争ったが、嘉兵衛の仲介により和睦。その際、幕府執事に任じられた。
しかし、相次ぐ弟の死と期待していた嫡男・義興の死により、史実通りに衰弱している。
松永久秀(56)
三好長慶の家臣。通称・弾正。前世では高級ホテルの料理長であったが、ホテルに宿泊していた首相を狙った爆破テロに巻き込まれて死亡した模様。
嘉兵衛とは異なる歴史の先から転生してきた男で、スペインの植民地になる未来を回避するため、細川晴元を追い落とすことに力を注いだが、その一方で三好義興の暗殺のきっかけを作った廉で、隠居に追い込まれた。
竹中重治(20)
斎藤家家臣。通称・半兵衛。
斎藤家の存続をかけて、市姫の誘拐事件を引き起こした。しかし、斎藤龍興の腹心で政敵でもある斎藤飛騨守が力を得た事によって、孤立を深めつつある。
上杉輝虎(33)
関東管領・山内上杉家を継承した女傑。
小田原の戦いで戦死した恋人・小島弥太郎との間に女児を儲けるも、川中島の戦いで嘉兵衛と出会い、再び恋に落ちた。
しかし、双子を出産したため、娘の方を嘉兵衛に預ける事にした。
直江実綱(55)
通称・与兵衛。上杉家の重臣で、当主・政虎の最側近。「政虎=女性」という事実を隠すために、奔走している。
上泉秀綱(56)
上野国箕輪城主・長野業盛の家臣。通称・伊勢守。新陰流の開祖でもある。
川中島の戦いでは上杉方として参戦して、慶次郎と一騎打ちに興じた。
証恵(48)
願証寺の住職。少しお人好しな性格をしている。
息子である証意に勧められたこともあり、嘉兵衛と協定を結んだ。
証意(27)
証恵の長男で、願証寺の次期住職。北畠具教に剣術を学んでおり、その縁で嘉兵衛との橋渡しを行った。
北畠具教(46)
伊勢国司・北畠家の前当主。従三位権中納言。
剣の達人であり、証意の仲介で嘉兵衛と試合を行い、今川家に味方すると決めた。
なお、今川軍の上洛戦を前に隠居した。
北畠具房(17)
伊勢国司・北畠家の当主。従五位下左近衛少将。
父から家督を相続して、今川軍の上洛戦に参加した。肥満体型だったが、嘉兵衛に鍛えられて、ダイエットを始めている。
浅井長政(19)
通称・備前守。今川家と婚姻同盟の締結を目指していたが、勝手に鯰江城に侵攻して六角領を切り取ったため、義元の不興を買う。
その結果、市との縁談は白紙となり、代わってかつて離縁した平井家の娘・さよとの再婚を命じられた。
浅井政元(16)
浅井長政の弟。通称・玄蕃頭。
今川家に仕える遠縁の浅井小四郎を頼って婚姻同盟の締結を進めていたが、一方で兄の暴走を止められなかった。
義元が浮気を認めない可能性が高いと聞いて、帰国後すぐに兄の側室と祝言を挙げて、甥である万福丸を養子として引き取る事になった。
覚恕(42)
延暦寺の高僧。正親町天皇の弟でもある。
叡山の焼き討ちを防ぐために嘉兵衛と交渉し、話をまとめた。
随風(28)
延暦寺の僧。覚恕の使いで嘉兵衛の下へ訪れて、「万邦協和、家内安全」の旗印を考案した。




