【幕間話-23】左少将は、伊勢に帰って近況を報告する
永禄7年(1564年)2月中旬 伊勢国霧山御所 北畠具房
上洛軍に参加した直後に亡くなられたお爺様の位牌に手を合わせていると、おもむろに父上が言われた。見違えたなと。
だから、嬉しくなって答える。全ては師兄……松下大蔵少輔殿のおかげですと。
「何しろ、毎日朝早くから叩き起こされて、体操の後に1里(約4キロ)の走り込み、それが終わったら朝食なのですが……飯は一汁一菜とぷろていんとかいう泥のような物を飲まされて、それでその後は素振り5千回に、腹筋と腕立て伏せがそれぞれ2百ずつあって、それから……」
「も、もうよい。ま、まあ……とにかく、生きて帰って来られて何よりだ……」
「はい!」
なぜか父上の顔が引きつられているが、今のお言葉の通り、良くも無事に帰る事ができたなぁと俺自身もしみじみ思っている。今は慣れて師兄がいなくても日課としてこなさないと落ち着かないけれども、始めは本当に地獄だったし……。
「それで、話は変わるが……京で三好筑前守が亡くなったそうだな。詳しい死因は伝わっていないが、何があったのだ?」
「それはですね……」
この件については、今川の太守様からも特に口止めされていない。でも、だからといって無制限に広められてはもしかしたらまずい事になりかねないと思い、あくまでここだけの話として父上に申し上げた。即ち、痴情のもつれで殺されたのだと。
「それはなんというか……それで、修理大夫はどうなのだ?確か一人息子だったはずだし……その、気落ちしているのではないのか?」
「気落ちしているどころの騒ぎではありませんぞ。葬儀でも様子がおかしかったのですが、どうも乱心しているようで……」
「乱心!?」
「葬儀の後、突然亡くなった筑前守に代わる後継者として、末弟・十河孫六郎の息子を指名したのです。当然ですが、次弟である三好実休の子・彦二郎が順番的には後継者とするべきだという声が上がり、このままでは……と三弟の安宅殿が諫めたようなのですが……」
「まさか!」
「はい……信じられない事ですが、修理大夫はその弟である安宅殿をその場でお手打ちにされたのです」
しかも、風の噂では……己が殺した安宅殿の霊に怯えて、近頃三好の屋敷では毎晩僧侶を集めて悪霊退散の祈祷を行っているとか。
その事も合わせて申し上げると、父上は天を見上げて唸るように言った。「三好の命運も尽きたようだな」と。
「それで、今川家は今後どう出るのだ?」
「南近江を平定したばかりでもあり、足場を固める必要があるという名目で、しばらくは京と距離を置いて静観する構えの様です。ですが、三好家が揺れていますので……万が一には備えています」
「万が一?」
「足利の御所様……義輝公の弑逆です」
「な、なんだと!」
父上に申し上げておいて、この話は俺自身もまだ本当にそうなるのかは確信が持てずにいる。ただ、可能性として大蔵殿の話を伝える事にした。
「大蔵殿が言うには……例え狂っていても修理大夫が生きている限りにおいては、表立っては何事も起きないが、亡くなった後は歯止めが利かなくなると。そして、暴走した連中が己らの正統性を確保するために義輝公を押さえようとした時……」
「なるほど。素直に従われる義輝公ではないからな。必ず抵抗されて……結果として弑されることになるというわけか」
「はい。ですので、今川家ではその可能性を憂慮して、万一の折は勢多城にいる松平勢を先鋒として救援に向かわせる段取りを整えています」
そして、義輝公という玉を手に入れた今川軍はそのまま京に攻め込み、三好勢を追い払って畿内を一気に制圧する事も検討中だ。もっとも、そんな事にはならず、三好家の次代と手を携えて天下を共に治めるというこれまでの既定路線もまだ捨てていないようだけど。
「しかし、そうなると天下はまだまだ揺れそうだな?」
「ですが、父上。いずれにしても三好家がこれまでのように天下に覇を唱え続けるとは思えません。ずっと先の事はわからないとしても、一旦は今川家が天下を獲るかと……」
それゆえに、北畠家としてはこのまま今川家に付き従い、この南伊勢の領地を守る事に専念するべきだと申し上げた。余計な欲をかけば、身を滅ぼしかねないからと。
それに対して父上は何も仰せになられなかった。




