【幕間話-22】虎松は、許嫁を迎える
永禄7年(1564年)2月中旬 尾張国古渡城 松下虎松
京に上っておられた父上が帰ってこられた。しかし、母上の御姿が隣にない。心配になって訊ねてみようと思っていると、先に姉上が申された。「もしかして、ご懐妊ですか?」と。
「そうだが……あずさ、よくわかったな」
「いえ、父上をおひとりにするなんて、母上の性格からすると余程の事ですから。つまり、ついていきたくてもそれができない事情……そういうことで、もしかしたらと思いまして」
凄いなぁ……姉上はやっぱり凄いや。去年も勝千代が生まれる前に僕が「弟が欲しいな」と言ったら「当たるわよ」と言われて当たっていたし。
あ、そうだ。姉上は言っていたな。今度父上が帰ってきたら、ボクのお嫁さんを連れてくるって……。
「それでだ、虎松。お前に紹介したい娘がいるのだが……」
え……?
「あ、あの……お藤と申します。ど、どうぞ、よろしくお願いします。そ、そのぅ……だ、旦那様」
「だ、旦那様……?」
「ああ、そうだ。このお藤は虎松……おまえの許嫁として迎えた娘だ。仲良くしろよな」
うそ……また当たった。驚いて姉上を見るけど、ボクの視線に気が付かないのか矢継ぎ早に父上に訊ねられていた。藤吉郎はどこにいるのかと。
「藤吉郎は、観音寺城の屋敷で仕事をしているが……」
「なんで!大事なお話があるから、絶対に連れて帰るようにお願いしましたよね!?」
「た、確かに、おまえからそんな文を貰ったが……そもそも、藤吉郎はすでに寧々の夫なのだぞ。いい加減に諦めたらどうだ?」
うん……ボクもそう思う。じゃないと仙千代兄さんが可哀想だし。
でも、姉上は止まらない。挙句の果てに……
「このままだと、藤吉郎が浮気しちゃうわ!絶対に阻止しないと!!」
……などと言い出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
だけど、そんな姉上の声に飛びつくように声を上げたのは寧々だった。自分がここにいるのに近江で浮気ってどういうことなのかと。
しかし、姉上はそんな寧々を相手にせずに、続けて父上に訊ねる。観音寺の屋敷にお妙という侍女を雇い入れませんでしたかと。
「そうだけど……それがどうしたのだ、あずさ?」
「ズバリ!そのお妙がこのままだと藤吉郎と浮気して、子をなします。そして……その子が我が家に災いをもたらすことでしょう」
「「「はい?」」」
誰もが意味が分からないと首をかしげる。だけど、何となくだけど……ボクは姉上の言っていることが間違っているとは思えなかった。
だから、父上にお願いしてみた。どうか、ここは信じてみてはどうですかと。勝千代が生まれたとき、男の子だと予言していたことも、葵が越後からやってくると予言していたことも全部伝えて。
「虎松……いや、まさか、そんなはずは……」
「殿……少しお話が」
「綾……」
そして、それでも信じようとしなかった父上を綾先生が少し離れた場所に連れて行って、何やら話している。何を言っているのかは聞こえないけど……再び戻ってきたとき、父上は寧々に言った。「直ちに観音寺城の屋敷へ行き、藤吉郎を監視せよ」と。
「承知しました」
「慶次郎、帰って来たばかりで悪いが、道中の警護を任せたい。頼めるか?」
「お安い御用です。お任せください」
「……これでよいのだな、あずさ」
「はい、ありがとうございます」
ただし、姉上は話があると言われて、そのまま父上と綾先生に連れられて行った。帰還を祝う宴の用意をしているのに、あとは任せたとそういわれて。
「いや、任せたって言われても、ボクはまだ7つなんだけど……」
しかし、ボクが困っているのを見かねて、弥八郎がため息を吐きながらも仕切りだしてくれた。
「とにかく、若は藤姫様と上座に並んでお座りになられてください。殿とお方様の名代として」
「わかった」
だけど、言われたとおりに座ると、家臣たちは「新しい夫婦に乾杯」と勝手に盛り上がって飲み始める。流石にこれには照れて、お互い顔を合わせたが……その時気づく。お藤はとてもかわいい女の子だと。
「あ、あの……わ、わたし、何かしましたか?」
「え?」
「だって、そんなにわたしの顔をご覧になられて……」
「あ……ごめん。そんなつもりではなかったのだが……」
だが、その続きの言葉が出てこない。かわいい、きれいとか、言おうかどうか迷いながら、決断できずに目の前の盃をあおる。
「あ、あれ……?」
「若!」
周りから「誰が若の盃に酒を注いだのだ」という声も聞こえたが、目が回り、体の力が抜けたボクにはどうすることもできない。心配そうに「虎松様!」と言ってくれたお藤の声を最後に聞いて、今日のところはお休みしたのだった。




