第298話 嘉兵衛は、上洛して政変に巻き込まれる(2)
永禄6年(1563年)11月上旬 京・相国寺 松下嘉兵衛
今日は朝から忙しかった。義元公が幕府から副将軍に任じられて、更にその場で我ら主だった家臣たちにも叙任の沙汰があったのだ。
『従五位下・大蔵少輔任じる』
まあ、これまでも「大蔵少輔」と名乗っていたので、何も変わらないじゃないかと言う者もいるかもしれないけど、今までのは勝手に自称していて、それが朝廷が認める正式なものになったのだ。
「兄貴……いや、従五位下・松下大蔵少輔様、誠におめでとうございます!」
「あはは、ありがとう。従五位下・松平三河守様。共にめでたいなぁ!さあ、祝いの酒だ。飲め飲め!!」
そして、こんな感じで御所で開かれた宴でしこたま飲んだ俺は、フラフラしながら相国寺の宿所に戻ってきたのだが……そこに待ち受けていたのは、鬼の形相で仁王立ちするおとわであった。
「な、なに……?」
「ねえ、嘉兵衛。わたしに隠していること……あるよね?」
「え……」
その凍てつくほどに冷たい言葉に、俺の身体から酒精が一気に吹き飛んでしまった。隠し事というと……やはり、あの事かと土下座して謝る。
「すまなかったぁ!菓子屋に生八ツ橋を買いに行って、店員を味見したのは出来心で、決して本気ではなく……」
でも、あれは長島で市姫を救出しに行った時の事で、子どもが出来たという話も聞かないから俺としては時効が成立していると思うけど……あ、ダメですか。
おとわの顔が一層険しくなったので、銃口がこちらを向く前に、平身低頭で謝罪を繰り返す。もう二度としないから、許して下さいと。だけど、そんなおとわの口から出たのは、「それじゃないわ」という言葉だった。
「え……それじゃあ、なに?流石にすぐには思い浮かばないんだけど……」
「藤という娘の事よ!松永様のご家来があんたにって置いていったんだけど、母親は誰よ!この娘の年頃からすると、前に上洛した時に仕込んだのよね!?」
いやぁ、俺が仕込んだわけじゃないけど、この分析力は凄いなと感心する。しかし、義輝公の尻拭いで死ぬのは嫌なので、俺は松永様の事情も含めて全てを話した。
不憫な娘なので、半ば強引に押し付けらてたけど、うちで預かることにしたと。
「ふ〜ん、それで光源氏のように、自分の好みの娘に育てて、大きくなったら愛人にするつもりなのね。変態……」
「あのな!流石にそれは酷くない!?俺的には褒められる行為だと思っているんだけど!」
「でも、この娘は顔立ちがいいから、絶対に美人になるわよ。それでも、嘉兵衛……絶対に手を出さない自信ある?手を出したら、これ飲ませるけど……本当に大丈夫?」
う……あれは不能薬!しかし、改めてそう言われると、だんだん自信がなくなってくるな。この娘の母親は確かに凄く美人だったし、何かの拍子でどうにかなったりするかもしれない。
「だけど、おとわ。それなら、この娘を尼寺へ送れというのか?それは可哀想だと思うのだが……」
「要は、あんたが鉄の意志をもって手を出さなかったら良いだけなんだけど?」
「俺がいくらそのつもりであっても、この娘が迫ってきたら自信がない。据え膳食わぬは……ともいうし」
大体、俺の浮気はいつもこんな調子なのだ。菓子屋の娘だって、「ちょっとお話が……」と店裏に連れて行かれて押し倒されたわけで。
だから、おとわに正直な気持ちを伝えると「 仕方ないわね」とため息を吐いてから、ひとつ提案をしてきた。
それは……この藤という娘を虎松の正室として迎えるという話だった。
「だって、この娘は御所様の御息女なんだから、将来虎松の格が上がると思うのよ!」
なるほど、それは妙案だと俺も賛同した。何より、息子の嫁なら変な関係になったりしないし、誰もが幸せになるアイデアだ。
だから、これにて今回のお話は終了。明日も早いのでと部屋に戻ろうとしたのだが……そんな俺の襟元を掴み、おとわは言う。「どこに行くの?」……と。
「え……?」
「さっき自白した長島での浮気の件よ。詳しく話を聞きたいから、来なさい」
しまった、余計な話をしてしまったと気づいたのも後の祭り。俺は夜通しで尋問されながら搾り取られた。ああ、真っ白に燃え尽きたよ……。




