第250話 嘉兵衛は、藤吉郎の祝言に参列する
永禄4年(1561年)11月下旬 尾張国古渡城 松下嘉兵衛
城に帰ってから早10日が過ぎた。その間、腹痛で寝込んでいる俺の元にやってきた松永様より種明かしをされて、義輝公の御教書がなければ本当にヤバかった事、さらには不能薬がおとわの元にある事を聞かされて頭を抱える事になった。
ちなみに、一応まだ不能にされてはいないが……益々これでおとわの機嫌を損ねるわけにはいかなくなったわけだ。ああ、おそろしやおそろしや……。
「しかし……何でそんな物を……」
「うちに出入りしている薬屋が持ってきたのだ。何でも、ルソン辺りで怪しげな術士から仕入れたとか言っていたな」
その商人の名は、小西隆佐というそうだ。息子が確か小西行長だったことを思い出したが……それよりもまずは訊いておかなければならない事がある。
「だけど、本当に不能になるのですか?」
「わからん。何しろ、高価な薬で現物はあれだけだし、儂も不能になるのは嫌だから試していない。飲んでみなければ、効くかどうかはわからんといったところだな」
そんな無責任な……と、俺は松永様を責めたが、それで事が収まったのだから文句を言うなと言われてはぐうの音も出なかった。加えて、「とにかく、おとわの機嫌を損ねるなよ」と言われては頷くしかない。
「おお、大蔵殿!どうやら、生きていたようだな!」
そして、広間で待っている間、松永様と話をしていたところに声をかけてきたのは信長だった。
「あそこまで来ておいて、普通逃げますか?」
「キノコくさい変なにおいが漂っていたからな。君子危うきに近寄らずだ!」
それなら、一体今日は何の用事でここに来たのかと訊ねると、信長は言った。前に約束した通り、藤吉郎へ祝いの品を持ってきたと。その腕の中には包みがあり、何かと思っていると、これはマントだと教えてくれた。
「今は必要ないかもしれぬが、大蔵殿が出世すれば、その家老としていつの日にか纏う事もあると思ってな!」
「ほう……ならば、儂からは茶道具を一式贈らせてもらおうか」
「おお!流石は松永殿よ。茶道具とは洒落ているな。ところで……この祝言の後、折角なので茶を点てては貰えぬかな?」
「構いませぬぞ。大蔵殿はどうする?」
「某も同席しましょう」
たぶん大丈夫だと思うけど……毒殺事件があったら大変だ。しっかりと見張らなければならない。
「それで、肝心の藤吉郎はいつ来るのだ?」
「もうそろそろだとは思うのですが……」
なお、今日は藤吉郎と寧々の祝言だ。
「まだよ!まだ、わたしにだって機会があるわ!媒酌人が『この結婚に異議がある方は』って言ったら、わたし手を挙げるわ。お風呂だって一緒に入った仲なのよって大きな声で言ってね!」
「あ、あずさ様、媒酌人はそんな事を訊いたりしないと思いますが……」
「そうですよ。お貞のいうとおりですよ。それにお風呂に一緒に入ったのってまだ赤子の頃の話で……それなら、僕とだって……」
「おだまり!お貞も仙千代も……もう!お黙り!!」
黙るのはおまえじゃないのか、あずさよ……と思わないでもないが、まあ、あの子はあの子なりに甘酸っぱい失恋を経験する事になったわけだから、ここはそっとしておこう。しかし、ませているよな。まだ6歳だというのにな……。
「あの子は……もしや」
「松永様?」
「いや……やめておこう。はっきりと確信があるわけではないからな」
そんなあずさたちの様子を見て、松永様がそのように呟かれたのが聞こえたが、ほぼ同時に藤吉郎と寧々が広間に現れた。ただ、そのうち寧々はすでに飲んでいるようで、一歩歩くたびに着物が肩からずるりと落ちかけて、まるで遊女のようだった。
「……後で始末書を書かさなければ」
「まあまあ、お鈴殿。めでたい席ですし、今日の所は……」
お鈴殿の方はおとわが宥めている様子が窺えた。このお城もそうだが、俺が居ない間に随分と整ったものだ。奥はおとわを頂点にお鈴殿がそれを支える体制となっている。
お……三々九度も終わったな。これでようやく、藤吉郎と寧々は夫婦になった!
(第5章 川中島・援軍編 完 ⇒ 第6章 南近江・上洛編へ続く)




