【幕間話-17】弾正は、あずさの言動に疑念を抱く
永禄4年(1561年)11月下旬 尾張国古渡城 松永久秀
儂の膝の上には、お菊がいる。うんうん、可愛いな。京の汚れた大人たちを相手にしてささくれた心が癒えていくような気がするわ。お……この菓子も食べるのか。よしよし、じいじがお口に運んでやろう。
「あー」
「そうか、そうか。おいしいか」
しかも、この豪快な食べっぷり。流石は我が孫だ。生まれながらにして王者の器量が備わっておる。末が実に頼もしいわ!
そうだ。京の連中を皆殺しにして、お菊を将軍にしようかのう。なんか、それが一番スッキリするような気がするな……。
「父上、あまり甘やかさないで下さいよ。虫歯になったら大変なんですから」
「よいではないか、これくらいは。なあ、お菊もそう思うよな?」
「あい!」
「おお、良き返事じゃのう!では、次はこれを……」
「父上っ!」
無理矢理菓子の入った器を取り上げられて、儂は何をするのかと睨んだが、母は強しというべきか。かつては儂の言う事に素直に従っていた綾は、器を返してくれなかった。
だから、お菊に言ってやる。「鬼ババじゃのう」と。
「鬼ババで結構ですわ。お菊がダメ人間になるくらいなら、鬼でも夜叉にでもなりましょう。それで、父上……」
「なんだ?」
「いつまでこちらに居るのですか?京を留守にしていて、本当に大丈夫なのですか?」
う……思い出したくない事を突いてくるとは、流石は鬼ババアだ。しかし、帰りたくないな。孫六郎様(十河一存)が死んだのは腹上死だと皆も知っているはずなのに、何でそれがいつの間にか儂が殺った事になっているんだよ。女は儂が用意した「くノ一」だったとか言い出して。
ホント、何でもかんでも人相で決めつけないでもらいたいわ!
「はぁ……」
「深い溜息ですね。でも、そこまで父上が頭を悩ましている案件が京に残っているとなれば、やはり早く帰った方が良いのでは?」
「わかっている。帰りたくないけど……明朝、ここを発つ事にするわ」
そうだ。帰らなければ、今度はこの尾張で謀反を企んでいるとか殿に囁く者も現れかねない。若殿様に実休殿、その下の三人衆(三好長逸、三好宗渭、岩成友通)……同じ三好家の味方のはずだけど、皆に嫌われている儂は孤立無援だ。
もちろん、そのような讒言に惑わされる殿ではないのは重々承知しているが、厄介なのは摂津などの幕臣たちの存在だ。結託して義輝を巻き込んで大騒ぎされたら、殿といえども抑えきれないかもしれない。好き勝手されないために、近くで睨みを利かせておかなければ……。
「では、殿にもそのように伝えますね。お土産を持ち帰ってもらう段取りもしなければなりませんし……」
「土産なら、このお菊でよいぞ」
「ダメです。お菊はうちの子なので差し上げる事はできません。それにお土産は父上ではなく、御所様へのものですよ。御教書を出して頂いたお礼をきちんと渡してくださいね。ピンハネは禁止ですよ?」
うう、流石は我が娘だな。儂の行動を先読みするとは、この鬼ババアめが……。
「そういえば……」
「何ですか?」
「大蔵の一番上の娘のことだが……」
「あずさちゃんがどうかしましたか?」
それは些細な違和感にしか過ぎない。しかし、儂は綾に訊ねてみた。普段接していて、何か変わった事はないかと。
「変わった事ですか?少しお転婆が過ぎるところはありますが、それ以外は別段何も……」
「藤吉郎の婚礼の際に、媒酌人が『この結婚に異議がある方は』って言ったら手を挙げるとか言っていたであろう?」
「え、ええ……そういえば、そんな事を言っていたような気がしますね……」
「あれは、儂がかつて居た世界の結婚式であった仕来りの一つでな。この時代の者が知っているとは思えぬのだ」
ゆえに、儂はあのあずさという娘が大蔵に続く新たな転生者ではないかと疑っていると綾に告げた。
「父上の考え過ぎでは?」
「そうかもしれぬ。そうかもしれぬが……」
それでも放置するのは危険な問題だ。儂は尾張を去るに当たり、綾に何かあったら知らせるようにと頼むのだった。




