第248話 おとわは、お仕置きの準備を進めるも……
永禄4年(1561年)11月中旬 尾張国古渡城 おとわ
産まれた娘には、「巴」と名付けた。昔から「巴御前」に憧れていたから、あずさの時にも提案したが、あのときは「お淑やかな娘に育てたい」と嘉兵衛に言われて諦めた名だ。
ちなみに、嘉兵衛には相談していない。だって、いくさはとっくに終わったというのに帰って来ないのだから知ったことではない。それにわたしの考えに綾も賛成してくれた。手紙を送っても返事は来ないし、名無しではこの子が可哀想だから仕方ないと。
「ところで、寧々。準備は進んでいる?」
「あ、お方様!大丈夫です。キノコの炊き込みご飯とキノコの天ぷらとキノコのお味噌汁、もう少しで完成です。あとは……」
「食後のキノコ入り饅頭ね。色はそうねぇ……青とか紫色がいいかしら?」
「お任せください!長きの遠征で疲れた皆様のために、この寧々が精一杯、料理させて頂きます!」
おほほ、なんと頼もしい言葉でしょう。弥八郎が隣で「お仕置きは殿だけに……」と顔を引きつらせて言っているけど、それは却下だ。
「いや、織田殿も同行されていると伺いましたし……」
「だから何?同行していて、嘉兵衛の浮気を止めなかったのは罪じゃないのかしら?」
「え……い、いや、しかし……」
「寧々、織田家の家臣たちも宴に強制参加だから、その分も準備はできる?」
「大丈夫です!こんな事もあろうかと、キノコの蓄えは万全です!」
今宵、ここで何があったのか。外に漏らさないためには、一人残らず始末しなければならない。そのように告げると、弥八郎も諦めたのか口を閉ざした。
「も、申し上げます!」
「源太郎……そんなに慌ててどうしたの?」
「た、只今、城門に松永弾正様がお見えになられており、ご、御所様からの御教書をお方様にお渡ししたいと!」
「え……?」
わたしはすぐに綾に会って、あなたの父親が来たことを告げた。そして、訊ねる。何か心当たりはないのかと。
「いいえ!わたしも寝耳に水です!」
「そう……」
だけど、御所様の御教書を持参したとなれば、それは幕府の使者であり、会わないわけにはいかないとも言われる。わたしは丁重に広間へ案内するように源太郎に命じて、綾と弥八郎と共に応対する事にした。
「はじめまして。儂が綾の父親で、松永弾正久秀である」
「いつも夫がお世話になっております。松下大蔵少輔が妻、おとわにございます」
「それにしても……これは何事ですかな?妙な臭いがしますが……」
「おほほ!夫がもうすぐ帰ってくるので、その支度を進めているのですよ」
「……左様ですか。となれば、ギリギリで間に合ったようですな」
「ギリギリ?」
何かと思ったら、松永様はスッと御所様の御教書だとして、一通の書状をわたしに差し出してきた。了解を得て中身を改めてみると、そこには嘉兵衛の代わりに詫びるから、浮気を含めた諸々を許してやって欲しいと記されていた。
「これは……もしや、先日追い返した山本様が働きかけたので?」
「そうだな、それもあったが……関東管領の上杉政虎公からも御所様に嘆願書が出されたようだ。川中島では世話になったので、怖い奥方様から大蔵殿の命を守ってもらいたいと」
「まあ!」
なんなのよ、その怖い奥方って!浮気をしたからって、わたしは怒っているんじゃないのよ!生まれた娘に名づけもせず、手紙を送っても無視して帰宅を拒否しているヘタレ旦那にキレているの!お仕置きして何が悪いというのよ!!
しかも、上杉政虎って、昨日瀬名様から届いた書状に記されていた嘉兵衛の浮気相手じゃない!男だけど……馬鹿にしているのかしら!?
「それで、返事は如何に?」
「断る事は……」
「考えない方がよろしいかと。実はもう一つ御教書を預かっておりましてな。これは今川様への物なのですが……中身はご実家の井伊家に対する報復が記されておりましてなぁ。大蔵殿を殺すなら、一族を捕えて六条河原へ送るようにと……」
「六条河原って……」
くそ……道は塞がれた。わたしは天を仰いで、弥八郎にお仕置き作戦の中止を命じた。寧々に料理を止めるようにと。
「承知しました。では、早速……」
「賢明なご判断ですな」
「でも、やっぱり納得がいかないわ!なんで、なんで……蔑ろにされたわたしが我慢しなければならないのよ!!」
「お方様……」
綾が慰めてくれるけど、悔しくて涙が止まらない。すると、松永様はため息を吐かれて、何やら薬が入っていると思しき紙包みを3つ渡してくれた。
「これは?」
「不能薬ですな」
「不能薬?」
説明によると、これを1つ服用すれば、1年から2年にかけてアレが起たなくなり、2つ目を服用すれば、その期間は5年になると。さらには、3つ目を服用すれば、永遠に不能になるらしい。つまり、浮気をしたくてもできない体になるということだ。
「それを差し上げますので、今回は堪えて頂けますかな?」
言い訳次第では、早速今宵にも飲ませようと心に決めて、わたしはニッコリお礼を申し上げたのだった。




