第247話 嘉兵衛は、岡崎に立ち寄る(後編)
永禄4年(1561年)11月中旬 三河国岡崎城 松下嘉兵衛
「それで……大蔵殿のお命が風前の灯火である事は承知しましたが……ここに呼ばれたご用件は?今後の話をなされたいという話だったのでは……」
「おお、そうよ!尾張守の申す通りだ。危うく忘れそうであったが……」
いやいや、勝手に俺の命が風前の灯火だと決めつけるなよ……と、反論したい所だったが、どうやらここからは真面目な話のようだ。義元公はまず、信長に市姫を養女にして、浅井長政に嫁がせることについて了承を求めた。
「色々とそなたも思う事はあるかと思うが、これも天下静謐のためだ。了承して貰いたい」
「もとより承知しております。清洲に戻り次第、準備に取り掛かりましょう」
ただし、嫁ぐにあたって問題がないわけではない。尾張から北近江に向かうには美濃か、それとも北伊勢から南近江を経由するルートがあるが、それらの領地を治める斎藤あるいは六角がすんなりと花嫁行列を通してくれるとは思えないのだ。
斎藤は我らと争っているので、説明は不要だろうが……六角も浅井と争っており、我ら今川と浅井が結びつくことは歓迎しないと思われる。当然だが、妨害されることは必至だ。
「家中の精鋭を集めて強行突破いたしましょうか?」
義元公がこうして課題を示すと信長はすぐさまそのように回答したが、義元公は首を左右に振られた。俺としては、勝家や利家のような『お市様親衛隊』の連中を結集すれば何とかなるような気がするけど……どうやら、無理はしたくないようだ。
「では、太守様はどのようにお考えで?」
「この尾張から船で堺へ送り、そこから北近江を目指そうかと思っている」
なるほど、堺から京までは三好家の支配地域だ。もちろん、あらかじめ話を通しておく必要はあるが、友好関係にある我らの、この程度の頼み事を断るとは思えない。
「ならば、某が早速上洛して、三好様に話を通さねばなりませぬな!」
「……そこまでして家に帰りたくないそなたには悪いと思うが、早速でなくて全然構わない。嫁ぐにしても1年以上は先だし、そなたはまず家に帰ってキッチリ叱られなさい」
あはは、ダメだ。逃げ道はどうやらないようである。くそ……覚悟を決めるか。
「それと、市姫を嫁がせた後の話であるが……余はなるべく早い時期に上洛したいと考えている」
この時代の上洛には二つのパターンがある。ひとつは、将軍・義輝公に拝謁する事だけを目標に、兵を率いず京に向かうパターンだ。
これは、以前俺が無人斎様らとやったやり方だ。旅行のような物なので、俺みたいに厄介ごとに首を突っ込まなければ、平和的に終えることができるだろう。しかし……
「それは……兵を率いてということなのですよね?」
「そうだ。その為に余は北伊勢を押さえた後に、南近江の六角を滅ぼしたいと考えている」
そして、義元公は信長に命を下した。美濃攻略について、朝比奈様を総大将とするゆえそれを軍師となり支えよと。
「某が……美濃攻めの軍師ですか」
「色々と考えていたのであろう?桶狭間で我ら今川に勝ったら、どのように攻略するとか。それを役立ててもらいたいのだ。今川のためにな」
「しょ、承知しました!」
信長の心中に今、何があるのかはわからない。しかし、こうして命が下った以上はやるしかない。もっとも、それは俺たちも同じだ。
「北伊勢攻略の大将は、次郎三郎……そなたに任せる。大蔵は軍師としてこれを支えよ」
「「承知しました!」」
「なお、長島には願証寺があり、一向宗の影響が強いと聞く。そこで大蔵には、連中を懐柔するところから始めてもらいたい」
「一向門徒を……懐柔ですか?」
長島の一向門徒については、史実の信長がとても苦労したと記憶している。それゆえに、そんな事が果たして可能なのかと思っていると義元公は言われた。佐保姫は本願寺の顕如にとって姪にあたるので、それを上手く使えと。




