第243話 嘉兵衛は、佐保姫を知る
永禄4年(1561年)10月下旬 信濃国深志城 松下嘉兵衛
穴山彦六郎の葬儀は、舅たる信玄公が主催されて多少の混乱はあったものの、何とか終えた。なお、「何とか」と前置きが入るのは、穴山家を継いだ彦六郎の弟、彦八郎が騒動を起こしたことに理由がある。
なんと、彦八郎は……家督を継ぐにあたって兄嫁であった佐保姫を娶りたいと信玄公に申し出たのだ。
「何かと良くない噂を耳にしますし、ここは武田家と穴山家の間が変わらず固い絆で結ばれていることを示すべきかと」
まあ、その言い分について、全く筋が通っていないわけでもないのだが、この申し出に対して信玄公だけではなく、当の佐保姫までもが難色を示したのだ。しかも、はっきりと「気持ち悪い」と口にされて。
「き、気持ち悪いですと!?た、確かに某は太ってはおりますが……」
「見てくれだけじゃないわ。あなた、わたしの下帯を侍女に盗ませて、その股についている汚いモノを毎晩それでこすっていたでしょう。知らないと思っていたのかしら?」
加えて、それを武田家に仕える主だった家臣たちが居並ぶ中で声を大にして言ったのだから、彦八郎の面目は丸潰れだ。流石に要求を引っ込めて、葬儀が終わるといつの間にか消えていた。自業自得だけど……同じ男としては、少しかわいそうに思えた。
「あれはかなり気が強いな……」
「そのようですね」
「しかしまあ、大蔵殿なら慣れているだろうから大丈夫か」
そして、葬儀の後、信玄公に勧められて俺と信長は近くの温泉に浸かっているが、その佐保姫が俺の側室になる事を知っているだけに、信長はニタニタ笑いながらからかってくる。
「別に某は慣れていませんよ。現に信玄公ではありませんが、国に帰るのが怖いわけで……」
「なるほど、それでなかなか帰国しようとなされないのか。子が生まれたというのに……」
まあ、早く生まれたばかりの娘に会いたいという気持ちはある。だけど、その前にやったことがやったことだけに、会う前に鉛玉で仕留められる可能性も半分くらいはあるわけで、逃げちゃだめだと思っているのに、腰が重たく感じるのだ。
「まあ、一度生を得て、滅せぬものはないし、当たって砕けろ、是非に及ばずと玉砕覚悟で帰ったらどうだ?俺はそろそろのぼせそうだからあがるけど……」
「非常に重い助言、ありがとうございます」
玉砕覚悟ってなんだよと思いながら、信長を見送った後も俺は一人で湯に浸かる。これで重い腰が軽くなったらいいのだけどと……そんな事を思っていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。だから、何気なく俺は後ろを振り向いた。
「え……?」
そこに立っていたのは佐保姫だった。葬儀では遠目でしか拝む事はできなかったからそこまでは実感がわかなかったけれども、こうして近くで見ると信玄公の娘とは思えない程の透明感のある黒髪美少女だった。更に、剣道部員のように白色の着物に紺の袴をはいているが、それもそれでとても似合っている。
「ふむ……しかし、その姿もいいけど、メイド服、あるいは体操服とブルマも着せてみないな……」
「何をよそ見しているか、松下大蔵少輔!夫の仇、覚悟!!」
「えっ?」
そういえば、温泉を前にしてなぜ裸ではなく、剣道部員のような格好をしていたのか……それをもう少し考えるべきであった。佐保姫は腰に差していた脇差しを素早く抜いて、そのまま俺に斬りかかって来たのだから。
「うわあ!」
「おのれ、かわすか!」
「当たり前だ!かわさないと死んじゃうだろうが!?」
「ならば、もう一太刀!」
「ふん!来るとわかっていれば、この程度の攻撃など造作もないわ!!」
おとわ程に剣を嗜んでいれば、今の俺は丸腰だったから確実に仕留められていただろうが、どう見ても佐保姫は気が強いだけで、武芸達者には程遠い素人だ。
「あ……!」
俺は容易くその腕を掴み、風呂の側に引っ張る。すると、バランスを崩した佐保姫は前のめりでバシャンと音と波しぶきを立てて湯に浸かった。さらに起き上がろうと仰向けになった所を馬乗りになるようにして取り押さえた。
「さあ、大人しくしろ!」
「放せ!この無礼者!!」
しかし、まあ……この眺めはいいなと思う。嫌がって暴れる美少女の顔もそそるが、それよりも乱れた着物が湯に濡れて、とても色っぽい姿となっているのも眼福ものだ。俺の息子も刺激を受けて元気に立ち上がっているし。だけど……
「おい、大蔵!き、貴様、儂の娘になにをするかぁああああ!!!!」
背後から虎の咆哮が聞こえて我に返る。ああ、この状況はやはりマズいよなぁと自覚して……。




