第238話 嘉兵衛は、甲越和睦の仲介をする(4)
永禄4年(1561年)9月下旬 信濃国海津城 松下嘉兵衛
上杉側の条件が提示された。国境の事、不可侵・不介入協定の件はこちらの提案を受け入れるとの事だが、信濃の国人に対する扱いについては上乗せを要求してきたのだ。
具体的には、武田家に仕官した際の領地は提案の倍に、上杉家に留まった場合の禄も倍にということだ。
「それで……その条件を儂に飲めと、そなたは言うのか?」
そして、海津城に帰還した俺が全てを説明すると、信玄公は不機嫌さを隠そうとせずに、ドスを利かせた声でそう返してきた。ただし、嫌ならば仲介役を下りるだけだとこちらも返すと黙り込んでしまった。
「お屋形様、何をためらわれているのですか!そんな条件など蹴飛ばして、上杉ともうひと合戦すればよいではありませぬか!」
「そうです!穴山殿の言うとおりです。我らは負けたわけではありませんぞ!」
口火を切ったのが穴山ということで、幾人かの重臣たちは忌々しそうに睨みつけてはいるが、そこに馬場殿を始めとする信濃に所領を与えられている諸将まで反対の声を上げ始めては、この広間の雰囲気は一気に和睦拒否へと向かう。
「今更、城と領地を引き渡せと言われても、某は断固として拒みますぞ!」
「そうだ!某も馬場殿に同調します!」
それゆえに、俺はここまでかと覚悟を固めた。まあ、和睦を拒んでも俺としては何も失うものはないし、極端な事を言えば、武田家がこの先史実のように衰退する事になったとしても、構わないと言えば構わないのだ。
だから、あとは元気な武田家の方々で話し合って貰えたらと思って、席を立とうとした。決まったら、喜兵衛に頼んで上杉に回答してくれと、俺はもう知らんと……皆様の耳に届くように大きな声で告げて。
「ま、待て!しばらく待て!」
しかし、そんな俺の様子を見て、信玄公が声を上げた。その上で皆に静まるように命じて、質問を投げかけてきた。その内容は、実際に信濃の国人たちに帰国の意志、武田家に仕官することを良しとする者がどれだけいるのかという話だった。
「そうですね……それはあちらでもこれから確認するという話でしたが、気になる事でも?」
「儂としては、小笠原と村上の受け入れは拒みたい。但し、逆にその配下として付き従う連中は寧ろ率先して受け入れたいと思う」
そうする事によって、小笠原と村上の信濃への影響力を減じる。信玄公が目的を一堂に告げると、反対の声を上げていた馬場殿らも以降は口を噤んだ。
それゆえに、俺はそれらの事情を書に認めて、善光寺の政虎公の元へ届けるように喜兵衛に頼んだ。
「え……?大蔵殿は行かれないのですか!」
「なにを言っているんだ。この仕事は元々おまえの仕事だっただろ?俺はただ手伝っただけだ」
「し、しかし……それでは管領様がご納得いただけるか。あちらに居た時、三日三晩お楽しみだったのでしょ?待っているのでは……」
「な、なにをいうのだ!三日三晩って、そ、そんなはずがあるわけないだろう。ヤったのは初日の一回だけで……」
「初日の一回?なるほど……怪しいとは思っていましたが、やはりそういう関係でしたか……」
「あ……」
喜兵衛はニタニタ笑いながら、カマをかけた事を俺に告げた。加えて、初日に眠らされて、起きたら何か様子がおかしいので怪しいとは思ったけれども、屋根裏に忍び込ませた真田の忍びは悉く軒猿に倒されてしまっていて、真実には届かなかったとも話してくれた。
「おのれ……謀ったなぁ!!」
「ふふふ、それでどうします?おとわ様に某から事の次第を報告しに、古渡までお訪ねすればよいと申されるのであれば……」
「ま、待て!わ、わかったから、それだけはやめてくれ!」
「ならば……」
わかっている。もちろん、その見返りは此度の善光寺行きにも同行する事だ。仕方がない。かくなる上は是非に及ばずだ。
「ところで、殿。その風呂敷に包まれている衣装は……」
「ああ、これか?折角なので、これを管領様に着て頂いて……と思ってだな」
用意しているのは、こういう事もあろうかと尾張から持参していた女医のコスプレグッズだ。いけない夜の秘密診療を受診するためには、欠かせないアイテムともいえる。
「俺もそろそろ健康診断、受けないとダメだって思っていたからな!」
「お待ちを!まさか、また浮気をなさるおつもりで!?」
「……よくよく考えたら、一回ヤってしまったのだ。何回やっても殺される時は殺されるだろう。違うか?」
「それは……そうかもしれませぬが……」
「それなら、楽しめる時は楽しんだ方がいいと思うのだ。殺されるとしても、悔いを残さないためにもな!」
「…………」
藤吉郎は呆れたような顔をしているが、おまえだってすぐにこちらの仲間になると言いたい。今は絶対に浮気しないぞって顔をしているが……。




