第235話 嘉兵衛は、甲越和睦の仲介をする(2)
永禄4年(1561年)9月中旬 信濃国善光寺 松下嘉兵衛
善光寺に到着して、門番に「和睦の交渉に来た」と用件を伝えると、意外なほどにあっさりと広間に通された。
ただし、それは話し合いに応じるという意味ではなかったらしく、俺たちは今、飛んで火にいる虫というか、カモがネギを背負ってきたというべきか……武装した兵士たちに360度完全に取り囲まれていた。
「なあ、喜兵衛。これって……話が違うことないか?」
「おい!こちらにおられるのは、公方様と昵懇にされている松下大蔵少輔殿なるぞ!おまえら、自分たちが何をしようとしているのか、わかっているのか?」
しかし、喜兵衛の説得空しく、「問答無用!」との掛け声が上がって、上杉の侍たちは次々と襲い掛かって来た。ならば、仕方がない。こうなったら、お手向かいするのみだ。
「慶次郎、右頼むな!」
「承知!」
「藤吉郎は、俺の側を絶対に離れるなよ!」
「あわわ……わ、わかりました!」
ただ、そう言いながら、藤吉郎は懐からボールのようなものを取り出して、敵に向かって投げつけた。
「ごほごほ!なんだ!?涙が止まらん!」
「あ、ああ……目がぁ!目が痛い!何も見えぬ!」
煙が舞い上がったかと思うと、その周辺にいた敵は目にダメージを受けて、一様にその場でもがき苦しんでいた。
何を一体投げたのかと藤吉郎に訊ねると……どうやら、あれは出発前に寧々から貰った弁当の残りをベースに、真田の忍びが開発した煙玉の試供品だと教えてくれた。
「どうです?中々にすごいでしょ。あの威力」
「いや、凄いが……」
喜兵衛が同じようにその煙玉を投げながら、中にどういうキノコの粉末がどういう分量で入っているからなど、楽しそうに教えてくれるが……元を言えば、それらは全部藤吉郎のお腹に入るべきものだった事を思えば、全くもって楽しい話にはならない。
帰ったら寧々に料理を止めるように命じなければならないと思いつつ、俺も今は襲い掛かる敵をなぎ倒していく。そうしていると……
「なんだ、この騒ぎは!」
「やめよ、やめよ!管領様のお出ましであるぞ!!」
突然敵の背後からそのような声が聞こえて、俺たちを襲っていた連中がサッと離れて行った。さらに真ん中に道を開けて、一同頭を下げて、主の登場を出迎える。
関東管領・上杉政虎公のお出ましというやつだ。
「おお、騒ぎが起きたと聞いてやって来たが、そなたは大蔵ではないか!どうした、我の物になると決心したか!!」
「いや、和睦を仲介する使者としてやってきました。しかし、非常に手荒い歓迎を受けまして……」
「なに?手洗い歓迎とな……」
そこでひとり震えている男がいた。名はわからなかったが、政虎公はただ冷たく「信濃守」と呼ぶ。そして、「そなたの仕業か」と訊ねられた。
「お、畏れながら……今更、武田との和睦などありえぬかと」
「ほう。我の方針をそなたが決めるか。ならば……今日よりそなたは関東管領だな」
「は?」
「好きにすればよいと申しておるのだ。己の気が赴くまま好きにすればと。ただし……我は一斉協力せぬがな」
政虎公は、一同を前に改めて関東管領となった信濃守に付き従うというのであれば、好きにせよと申された。自分はもう一度長尾景虎に戻って、あとは越後の事だけを考えて生きるからと。その上で念を押すように信濃の事は知らぬと仰せられた。
「お、お待ちを!某が浅はかでございました!どうか、どうか、お考え直しの程を!!」
「我らからもお願いです!此度の事、誠に申し訳ございませんでしたぁ!ですので、どうかお考え直しを!!」
「……わかった。そこまで言うのであれば、今後は我のやり方に異を唱えるではないぞ。念を押して言うが、次はないからな?」
「「「「ははあ!!!!」」」」
どこまで本気で言ったのか、それはわからない。だけど、政虎公は俺たちの話を聞く気はあるようだ。一先ず場所を変えてと提案があった。
「ちなみに、我としては床の中でじっくりと……そなたと二人きりで話し合いたいがな。我らの未来について、子は何人作ろうかとか……」
「あ、はは!ご、ご冗談を」
政虎公は俺よりも大分年上だけれども、スレンダー美人だし、女医さんの服が似合うな……などと少しは思ったけれども、手を出せばヤバいことになるのは目に見えている。対外的にも内々の話でも。
だから、話をはぐらかせながら、交渉をスタートさせたわけだが……次の朝、俺は隣で裸になっている政虎公の姿を目の当たりにして、頭を抱えることになった。
「な、なんで……?」
何があったのかは思い出せないけど、状況的に……どうやら、やってしまったようだ。




