第219話 嘉兵衛は、海津城で暇を弄ぶ(3)
永禄4年(1561年)6月下旬 信濃国海津城 松下嘉兵衛
日本に鉄砲が伝わってから18年しか経っていないが、今では全国の大名で買われており、武田家においてもそれなりの数を保有しているそうだ。具体的な数は教えてくれなかったけど。
パパーン!パパーン!パパーン!
「おい……嘘だろ?」
「どういうカラクリなのだ、これは……」
しかし、この時代の鉄砲は連射ができないため、いくさには不向きであるという見立てが一般的だ。ゆえに、信長の鉄砲隊が三段撃ちを披露するのを目の当たりにして、武田の方々は正に信じられないような顔をして今のような言葉を吐く。それは、信玄公とて例外ではない。
「ふふふ……そうか。これは夢だな。そうだ、夢に違いない」
いや……他の重臣方よりも重傷だったな。まさか、信玄公ともあろうお方が現実逃避に走るとは思いもよらなかったわ。そうだ、足下に何発かぶち込んだら、きっと目を覚ましてくれるはずだ。面白そうだから、やってみてもいいのかもしれないな。
「それで……今日はどうしてこのような催し事を?」
「丁度暇をしていたところに、尾張守殿が練習の成果を見て欲しいと申されて、それで見ているうちにいつの間にか観客が増えて……といったところですよ」
「なるほど、よくわかりました。丁度皆様も暇を持て余していましたからねぇ……」
それなら仕方がありませぬなと、勘助殿はため息を吐かれた。上杉軍に動きは全くないから、我らはすでに2か月に渡ってこの海津城に留まり続けている。
「勘助殿、それにしてもこれは見事な戦術ではありませぬか。我ら武田も取り入れては如何でしょうか?」
「左様。かき集めれば、500程は集まるでしょうし……それならば、上杉にも勝てるのでは……」
「上杉が来るまでにはまだ、時間はありそうですし……」
そして、勘助殿が発言した事で正気に戻ったのか、重臣方は口々に好き勝手に話し出した。まあ、三段撃ちができる鉄砲隊が500もあれば、確かに今度のいくさでは役に立ちそうではある。それだけで勝てるわけではないにしても。
もっとも、だからといって今の武田に果たして可能なのかな。
「しばらく!皆様方、しばらく!」
「なんだ、市川。ここは文官がしゃしゃり出る場ではないぞ?」
市川宮内助殿は勘定奉行として、武田家の財政を切り盛りしている方だ。いくさしか取り柄の無い方々とは異なり、どうやら俺が懸念している点について気が付いたらしい。
つまり、鉄砲三段撃ち戦法に潜む問題というのは、弾薬の購入資金……銭が足りるのかという事だ。
「ただでさえ、我が武田はギリギリのところでやっているのです。しかも、収入に占める鉱山収入の割合が高く、その鉱山収入も先の見通しがつかないわけで……」
「おい、市川!」
「あ……」
しかし、頭はいいのかもしれないけれども、どうやら迂闊な方のようだ。
そう……武田の金山はこの先、先細りする事は前世で聞いたことがあったので俺は知っているが、それだけにここで口を滑らせていい話ではない。信玄公がまた茹蛸になるのも仕方がなかった。
「大蔵、それに尾張守殿も……今の話は聞かなかった事にしてもらいたい」
「それはよろしいですが、見返りは?」
「馬をやろう。それぞれ10頭ずつ。それならどうだ?」
馬か。甲斐の馬は優れていると評判だし、悪くない条件だ。領地に牧場を作って、繁殖させてもいいし。
「承知しました。尾張守殿もよろしいですか?」
「俺も構わない。この事は他言無用とすることに致そう」
「かたじけない。それで、話は戻すが……」
信玄公は俺たちに訊ねてきた。鉄砲の運用には銭が掛かるのは市川殿の話で理解できたが、それならなぜ俺たちは今のように弾薬を遠慮なく使えるのかと。
「あれ?そういえば……俺は松永様から援助してもらっているから、比較的在庫を持っているけど、尾張守殿はどうして……」
「ふふふ……それは内緒だ」
「そうですか。つまり、それは太守様にも内緒というわけなのですね?」
あくまで白を突き通すのであれば、義元公に報告すると脅しをかけると、信長は白状した。未だに津島の商人たちから援助を受けている事を。
「姉が嫁いでいるのだ。それでだな……」
まあ、そんな言い訳が通じるとは思えないが、弱みを握っておけば、何かの拍子に役立つ日もあるだろう。俺はこの件について、内緒にすることにしたのだった。




