第214話 嘉兵衛は、迷える若殿の進路指導に乗り出す(後編)
永禄4年(1561年)4月中旬 信濃国割ヶ嶽城外 松下嘉兵衛
「さて、このまま武田家に残った場合ですが……信玄公の今のご様子ならば、10年以内に廃嫡、さらには後腐れなくと殺される運命をたどる事になるでしょう」
「え……?」
まあ、今川家が桶狭間で没落しなかったから、史実のように駿河を攻めるかどうかで揉めてという事はなさそうだが、それでも三条の方の方が早く亡くなったはずだし、後ろ盾が無くなれば……今の信玄公ならば、容赦はしないと俺は思う。ここまで関係が拗れているし。
「お、お待ちを……それ、本気で言っています?廃嫡はともかく、いくらなんでもお命までは……出家あるいは無人斎様のように今川家への預かりとなるのでは?」
「甘いな、喜兵衛。現に先日諏訪で腹を切れと仰せになられたぞ。知らぬのか?」
「それは某も聞きましたが……流石に本気で申されたとは……」
そう、確かにあの日の信玄公ならば、喜兵衛の言うとおりだ。俺が仲裁に入らなくても、誰かが止めに入っていただろう。信玄公もそれを織り込み済みであのように言い放っていたような気もする。
「だけど、それは今の時点での話だ。四郎君がもう少し大人になって、武功を重ね始めればどうだ。元々から贔屓していたようだし、後継者の変更を真剣に考え始めるのではないか?」
ボンボン育ちで実力のなく反抗的な長男と、実力があり、目に入れても居たくない程にかわいがっている四男。長子相続が絶対ではないこの時代ならば、結論は見えている。
「で、では……俺が生き残るためには、四郎を殺せと?」
「アホか!そのような動きを少しでも見せて見ろ!四郎君を殺す前におまえの首が飛ぶわ!」
「……大蔵殿。太郎様に『アホ』とか『おまえ』とかは、流石に……まあ、お気持ちはわかりますが……」
「うるさい、喜兵衛!俺の気持ちがわかっているのなら、口出しするな!」
確かにアホとかは言い過ぎだったのかもしれない。だが、アホにアホいうて何が悪いと思うし……それで、これで怒りに任せて席を立つのならば、この話はこれまでだ。
ただ……アホ太郎は何か思う事があったのか、席を立たずに質問を重ねてきた。四郎君を殺すという発言は撤回するから、どうやったら生き残る事が出来て、この武田家を継ぐことができるのか、教えてもらいたいと。
「大蔵殿……某からもお頼みする。どうか、太郎様に道をお授け下さいませ」
「はぁ……仕方ない。喜兵衛にはこれまで世話になったからな。ちなみに先に言っておくけど、これは貸しだからな?」
「それで構いませんから、どうか……」
ならば……と、俺は考えていた腹案を二人に示す事にした。まず、今後信玄公に対して絶対に反抗的な態度を取らないという事を前提にして、その上で親離れをするようにと。
「お、親離れですか?それは……」
「先日、諏訪で某が信玄公に無人斎様のお言葉を伝えたでしょう。このいくさの後は、飛騨に攻め込めばよいと」
覚えていますよね?とニッコリ微笑みながら訊ねると、やはりアホだったようで俺からふいっと目線を逸らせた。だから、二度と聞き逃しがないようにと頭をロックして、コメカミをグリグリしながらもう一度説明する。
「い、痛い!やめてくれぇ!!わかった!もう忘れないから!!」
「次はありませんよ?いいですね」
「わかった!わかったって!!」
そして、俺の話を聞く準備ができたところで説明を続けた。その飛騨攻めを……太郎様が総大将となって成功させるようにと。
「いや、待たれよ。飛騨は小国。別に嫡男である俺が総大将にならなくても……」
「そうですな。太郎様が総大将でなくても飛騨は落ちるでしょう。だが、言い換えれば、太郎様が総大将でも飛騨は落ちる」
「それは、太郎様の実績を作るということですかな?」
「それもある。今の太郎様は嫡男という肩書以外は何もないからな。とにかく、信玄公に排除されないためには実績を重ねる必要がある。そして、平定後にその飛騨の守護として、領地を治める事もまた、実績に繋がる」
それに前にも言ったが、飛騨には幕府の隠し金山がある。無論、がめてはダメだが、適切に管理して信玄公の求めに応じて資金を運用・拠出することができれば、それもまた実績だ。加えて金を握れば力になるし、排除しようとしても中々そのハードルは高くになる。
「如何ですかな?これこそが太郎様が生き残る道と考えますが……」
返事は必要ない。後は自分で考えてもらえば。




